素晴らしき生活

やざき わかば

素晴らしき生活

 男は普通のサラリーマン。立派に働いて給料をもらう、いっぱしの企業戦士だ。


 彼はいつも規則正しい生活を送る。朝の決まった時間になると、優しいクラシック音楽が流れはじめる。人工皮膚で作られた機械の手で身体を丁寧に起こされ、シャワー室に連れていかれる。


 瞬間洗浄料の入ったミストによって身体の清潔は保たれ、丁寧だが素早い歯磨きで口内も綺麗にされる。


 男はまだ眠っている。


 手による甲斐甲斐しい朝の準備は、まだ続く。口に不快感のないチューブを手際よく入れられ、栄養剤が流し込まれる。味も美味いし噛むこともない。ただ飲むだけだ。


 仕事着に着替えさせられ、会社行きの自動運転車にふんわり乗せられ、家から職場まで出勤だ。男はこの間、まだ寝ている。きっと良い夢を見ていることだろう。


 都市の合間に張り巡らされた交通用チューブを走り、自動運転車はスムーズに走る。間もなく、目的地に到着。身体に無害な覚醒用ガスが、車内に立ち込める。ここで男は、初めて起床する。


「ああ。もうこんな時間か。仕事の時間だな」


 清潔に、そして完璧なまでに管理された建物を進み、自分の部署の、自分のブースに到着する。椅子に座ると、各デバイスが瞬時に起動。即座に仕事を始めることが出来る。


 お昼になると、椅子が自動的に、食堂の空いている席まで連れて行ってくれる。テーブルのデバイスを使って、希望の食事を注文。すると、配膳ロボがほんの数分で持ってきてくれるのだ。


 やはり、朝の栄養剤だけでは物足りない。昼食も食べてこそ、午後も精力的に働けるというものだ。なにより、昼食中は、同僚たちとの会話も楽しめる。仕事中はブース内で集中しているので、この時間は良いリフレッシュとなっている。


「昨日、ニュースで見たんだが、昔は朝早く起きて、自分で準備して、電車やバスとかいうやつに乗り、職場まで来ていたらしいぜ」

「へぇ。昔は不便だったんだな。それに比べて今はどうだ。やはり、人間の生活レベルってやつは、時代と共に上昇していくってものだな」


 時間になると、椅子は自動的に自分の席まで戻っていく。食事に使った食器などは配膳ロボが勝手に片付けてくれる。楽で良いものだ。


 そして午後も仕事。


 定時になると、自動的に椅子がブースを離れ、自動運転車乗り場まで連れていかれる。仕事がキリの悪いところでも、終わっていなくても、強制的だ。まぁしょうがない。いつものことだ。


 そして自宅の乗降車場まで送られ、優しい手により服を脱がされ入浴。出たあとは夕食を食べ、それが終われば就寝だ。


 ベッドの中で、今日のお昼に聞いた話を思い出す。


 昔の人間は、自分が何もしなくとも、寝ていても職場に連れていってもらい、仕事終わりも自宅まで送ってもらうという、こんな楽な生活を知らずただあくせくと働くだけだったかと思うと、少し哀れだなと思う。


 規則正しい生活が送れる毎日に感謝をしつつ、男は明日に備えて、就寝するのであった。

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