第2話 村人から勇者へ

「なんでこんなことになってしまったんだ。僕におまえを振るう資格がなければ、平凡な人生を送れたかもしれないのに……」


「私に出会えて良かったですね。そのおかげで非凡な人生が送れているんですから!」


 ウキウキでそう返してくる相手にツヴァルは例の平常心を取り戻すルーティンを行う。


「……ああ、そうだな。こんな生涯を送った人間どこ探しても僕しかいないだろうな」


「ええ、旦那様だけでしょうね。聖剣を手にして魔王を倒した勇者様は、金輪際現れることはないでしょう。私の初めてを奪った人……ぽっ♡」


 この愛らしい声でふざけたセリフを吐き続けるコイツは人間どころか生命体ですらない。人語を解し意思疎通のできる世界に一本しか存在しない聖剣。

 手にした者に絶大な力を授けるとされる聖剣エタニティ。それこそが彼女の正体だ。

 声質や話し方で一応女性として区別しているが、そもそもが剣のため性別があるのかさえ不明だ。


「おまえを引っこ抜くまで僕はただの村人だったのにな。懐かしすぎて涙が出て来るわ、マジで。あとその言い方やめろ!」


「本当に懐かしいですね。あの頃の旦那様はそれはもう本当に初々しくて可愛かったですもの。あ~安心してください、今も可愛いですよ」


「そんな心配しとらんわ!」


「怒っている旦那様も素敵です♪」


 この聖剣と話をするだけで頭が痛くなる。


 まあでもこれぐらい能天気だからこそ、閉鎖空間の中でもこうやって楽しく? 暮らせているのかもしれない。


「ほんと……どうしてこうなった」


 ふと懐かしい思い出が甦る――。



 ◇◇◇◇◇◇



 まだ一村人だったツヴァルがこの頭のおかしい聖剣と出会った場所は、王都にある由緒正しい大聖堂だ。


 あの大聖堂の風景だけは今でも瞼に焼き付いている。


 ステンドグラスからは日差しが煌々と降り注ぎ聖堂内を明るく照らしていた。整然とベンチが並び奥にはひと際豪奢な祭壇があり、その後ろに巨大な祭壇画が飾られていた。


 聖剣を天にかざす勇者と、地に伏せ天を仰ぐ魔王。

 勝敗が決した瞬間を切り取ったような構図だった。


 その祭壇画の正面にかの勇者が手にしている聖剣が鎮座していた。


 王国の建国時に初代国王が千年王国の誓いとして、守護剣として石台に突き刺したとされる聖剣は、幾星霜の時を刻みながらも未だに輝きを失っていなかった。


 描かれた聖剣の実物が目の前にあるため祭壇画が少し可愛そうに思ったのを今でも覚えている。


 王国民の少年少女は満十五歳になると、最寄りの聖堂で 成人を祝う行事に参加しなければならない。 その際に勇者の適正があると判断されると、さらに詳しく調べるために勇者候補生として大聖堂に招集される。


 そこでまた一定の基準を満たした者は、魔王討伐のために偽聖剣と支給品を手渡されて旅に出ることになる。


 百年前に復活したとされる魔王。魔物を使役して人々を襲う魔を統べる絶対的権力者。

 その魔王を討ち果たし世界を平和にすることが勇者の使命。


 あの時はそれこそが僕が生きる理由だと思っていたが、今ならハッキリと断言できる。

 どんなに蔑まされようが後ろ指を刺されようが、全力であの場所から逃げるべきだったと。


 聖剣を抜く者は初代国王が突き刺したその日から、ツヴァルが勇者候補生として呼ばれてあの地に立つ――その日まで誰一人として存在しなかった。


 ツヴァルは順番を待ちながら他の勇者候補生が聖剣を引き抜こうとしては失敗するのを眺めていた。

 自分の番が回って来ても結果は同じ。なぜなら、これは通過儀礼のようなものだからだ。みんな聖剣に触ることで旅の安全を祈願しているだけで、誰も抜けるとは最初から思っていなかった。


 同郷の幼馴染が祈願を済ませて司祭から麻袋を貰っているのが見えた。聖剣を真似た剣を授与されなかったということは、彼は基準を満たせなかったようだ。


 彼とはこの日を境に二度と会うことはなかった。アイツの顔も名前も今はもう何一つ思い出せない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る