ファウストオークション

月餠

第1話

 冷たく澄んだ空に、星と満月がひっそりと地面を照らす夜。皆が寝静まり静かなはずのその時間とは裏腹に、「ファウストオークション」が開催されるオークションハウスは煉瓦造りの宮殿のような建物で、煌々とオレンジ色の灯りが灯り、参加者である全国各地の様々な種族が楽しそうに集っては会場内に消えていく。艶やかな紳士服とコートに身を包んだ黒髪黒肌の男、クロード・ヴェルドルもその1人だ。優雅に迎えの馬車から降りる彼は1000年以上の時を生きる吸血鬼だった。

 

 「ブラッド様。ようこそお越し下さいました。」


 「マーモンか。」


 偽名で呼びかけられ、クロードが紅い眼をそちらに向けると、オークション主催者であるマーモンが立っていた。スラリとした長身に品の良い黒のスーツを纏い、モノクルをつけたその顔は柔和な笑みを湛えている。しかし頭部からは雄々しい角、腰からは長いしっぽが生えており、彼もまた人間ではないことを示していた。


 「こちらこそお招きに預かり光栄だ。…それにしても、忙しいだろうに主催者様直々に出迎えてもらえるとはな?来る者皆にしているのか?」


 「まさか。ブラッド様にだけですよ。私が時間やお金に煩いのはご存知でしょうに、意地の悪いことを仰る」


 笑顔のままそう答えたマーモンにクロードはクスクスと愉快そうに目を細めて笑い、目元を隠す仮面をその整った顔につけた。


 「ああすまん。ついな…ここであまりお前に時間を取らせるのはそれこそ酷だな。行こうか」

 

・・・


 会場内はすでに多くの参加者が集まって賑わっていた。前方の舞台を囲むように椅子が立ち並び、2階にもいくつかの席が設けられている。高い天井には豪奢なシャンデリアが吊り下げられ、会場内でも特に存在感を放っていた。

 一階部分の席では仮面で顔を隠した人間や魔族が入り混じりざわついていたが、前方の舞台がパッとライトアップされるやいなや、シンと静まり返った。そこにマーモンが現れ、参加者たちに向かい恭しく一礼をした。


 「紳士淑女の皆様、『ファウストオークション』にご参加頂き誠にありがとうございます。本日司会を務めさせていただきます、マーモンと申します。」


 舞台中央で一人一人を見つめながら妖美に微笑むマーモンを、クロードは二階席のソファでくつろぎながら眺めていた。


 「目の前の奴らを金の詰まった袋くらいにしか思ってないな、あれは」


 「まさか。大切なお客様だと思っていますよ。」


 クロードの言葉に隣でスタッフの男がグラスにワインを注ぎながら答えた。鷲の頭を持つこの男はマーモンの使い魔の一人で、彼と意識を共有していた。つまり今の彼と話すのは、マーモンと直接話すのに等しい。

 

 「ふぅん…1番大事なのは?」


 「お金ですね」


 「即答だな」


 クロードは笑いながらワインを傾ける。意識を共有している目の前の使い魔はマーモン本人に等しい。彼のそう言う「わかりやすいところ」がクロードは好きだった。


 「それでは早速参りましょう。最初の商品は『真実の魔鏡』。美しく繊細な装飾が縁に施されたこちらの鏡は、400年前トリスト国の魔女が作り使用していたとされる魔法の鏡です。語りかければどんな真実をも映し教えてくれる魔法の鏡とされています。真実を追い求めるがあまり破滅を誘うという逸話もありますが、手に入れた方はくれぐれもそうならぬようどうかお気をつけて…こちらは500万ギルからのスタートです」


 「850万」


 「1200万」

 

 「2000万」


 司会マーモンの説明を声を皮切りに競りが始まった。ギルはこのオークションにのみに使われる通貨単位だ。全国各地から様々な種族が集まるため、それぞれの通貨はそれに統一換金される。500万ギルはクロードの住む国だと中流家庭が3年暮らすのに十分と言える金額だ。


 「『真実の魔鏡』、4番の4500万ギルで落札です」


 マーモンが落札を告げる声を上げる。会場内に木槌鳴らすカンカンと言う音が響いた。


 その後も「万国の妖精標本集」「九尾のコート」「クラントス王の血の王冠」「バーラドゥの霊薬」など次々と出品されていくが、クロードはつまらなそうに眺めているだけだった。


 「ブラッド様は本日何をお目当てで?」


 「さあ、決めてないな。何があるかも知らないし」


 「今回もカタログはご覧になられていないので?」


 「ああ。何も知らずに直接見た方が面白いからな。ただ…全然ピンとくるものがないな」

 

 上目遣いでスタッフの男を見ながらグラスを傾け、クロードはそう言った。彼は「ファウストオークション」に欠かさず参加し、欲しいものがあればどれだけ高い値段をつけても手に入れるほどの蒐集家だが、今日に限らずここ最近はパドル(札)に手をつけることすらしないままだった。


 「次の出品物はきっと、貴方様のお眼鏡に叶うかと」


 そう言って使い魔が示す方を見ると、今まさに次の商品が運ばれてくるところであった。

 その商品は、肌も髪も真っ白な、小さな人間の子供だった。どう見ても10歳前後のその子供は首を鎖で繋がれ、別の使い魔に引かれ項垂れながらヨタヨタと舞台中央へ歩いていく。その様はあまりに弱々しく、照明の明かりでかき消えてしまいそうに思えたが、しかしその場にいる誰もがその人間の子供に釘付けになり、値踏みするように注視していた。


 「続きましては最後の出品物、こちら、『アドラの御仔』です。4万分の1という確率で生まれてくる希少種で、透き通るような純白の髪と肌は気高い美しさを感じさせますね。月の魔力を体内に宿し、所持しているだけでも永遠の幸運をもたらすとされている『アドラの御仔』、観賞用でも、もちろん魔術の材料にもうってつけでございます。」


 マーモンの説明を聞きながら、クロードはその人間を見つめていた。俯いていて顔はわからないが、細やかかつ繊細な刺繍や装飾が施された真っ白な衣服を手首や足先まで覆うように着せられ、さらに逃げないようにと首輪と鎖をつけられたその姿は、倒錯的な雰囲気を漂わせている。


 「天使のように愛らしいでしょう?」


 「…『生きた人間』の売買はここでも御法度じゃなかったか?」


 「あちらは出品者から『魔術材料』としてご出品いただいているので」


 「物はいいようだな」


 使い魔の返答にクロードは薄らと笑った。


 「『アドラの御仔』は観賞用や魔術材料としての利用が多いのですが、もちろん生きている状態でのお渡しになりますので…すでにご存知かとは思いますが、『アドラの御仔』の血肉は通常の人間より魔力濃度が高いので、それはもう舌がとろけるほど、甘く濃厚で極上の味だそうですよ。しかも若ければ若いほど美味だとか」


 そう囁きながら使い魔はまたクロードのグラスにワインを注いだ。赤い液体が満たされ、芳醇な香りが漂った。


 「さてこちらは800万ギルからのスタートです」


 「1200万」


 「1800万」


 「2500万」


 「3000万」


 競りの値段はどんどん吊り上がっていく。この「ファウストオークション」の参加者はどんな種族であれ皆強欲で貪欲だ。マーモンは次々と上がってくる値段に微笑み、そしてクロードのいる方を見た。使い魔もマーモンのように眼を細めながら、クロードに語りかける。


 「…『アドラの御仔』は扱いが大変難しい種です。何せ生まれ持って太陽の光にも敏感なくらいに弱いうえ短命なのです。そうでなくとも幸運と富の象徴としての側面もありますからね。大抵はその場で解体されて売られてしまう…生きている状態で出品されるのは、そう言う意味でも奇跡に近いのです」


 「…」


 クロードはそれを聞きながらなおも考え込むように黙って出品物を見つめていた。ふと、子供が顔を上げた。

 吸い込まれそうなくらいに美しい宝玉のような赤い双眸が見えた、その瞬間。クロードはまるで、時が止まったかのような感覚に陥った。


 「37番、8000万、8000万ギルです。他にはございませんか?」


 マーモンが観客席を見渡し、そして落札を告げようと木槌を振り上げる。クロードはその前に自身のパドル(札)を掲げた。


 「3億ギル」


 静かに、けれどはっきりと会場に響き渡るクロードの言葉に会場がどよめいた。ザワザワとさざなみのように震えて広がっていくそれを聞いても、クロードは無視するようにただ出品物を見ていた。『アドラの御仔』も、顔を顰めてクロードを睨みつけるように見ていた。


 「66番から3億ギル、3億ギルです。これ以上はいらっしゃいませんか?」


 司会のマーモンが問いかける。しかし他の参加者はピタリと口を閉じ、次を出す者はいなかった。


 「『アドラの御仔』、66番が3億ギルで落札です」

 

 カァン、と落札を告げる木槌の音が会場内に小気味よく響く。こうして、「ファウストオークション」は幕を閉じたのだった。

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