宿主に喰い込んだ聲

扶良灰衣

短編20241211

なぜ聲は男ばかりなのだろう

女の聲は聴いた覚えがない

本当にいつも聴いてみたい

女の聲

聲に耳を傾けないで

なんとかやり過ごせる

それを耐えてやり過ごしましょう

相手にしないでと医者が言う

だが時々耳を傾けてしまう

独言している気付くと独話

彼らの相手をしていると

ただひどく疲れるけど


気が付いた喉仏辺りから

耳の裏に痼(しこり)がある

十五日後には確信した

「移動」している

痼は柔らかい場所を

首につくろうとしている

ブラスチック、電気線や

樹の枝葉などでつくって

メスを呼ぶカラフルな

オスの鳥の巣のようだ

そのうち痼はなくなった

塗った軟膏が効いたのか

しばらくは身体に

異常はなかった

ガ、ガ、ガガガガガ

不穏な空気が煙のように

身体を纏ってゆく

微かな匂いは

生理用品に付いた人間の血

なにかが始まる前の合図

大勢の中よりも

独りになった方がよかった

首筋を押さえつけながら走る

立体駐車場を見つけた

中に入って二階、三階と

走って駐車場の冷たい場所を

探し迷って草臥れて(くたびれて)座って寝入ってしまった


真皮の奥筋膜破り

侵食している痼(しこり)は

胸部の中央から

肋骨が脂肪や筋肉を

撒き散らしながら

獣の口のように

胸部は縦に開かれ

肋骨は牙

牙は黄色く

神経を絡みつけながら

神経こそ神宿り

肋骨は尖りながら伸びる

血管と皮膚などを

押し退けて(のけて)

産まれた時は兎唇(みつくち)

すぐに口蓋裂の治療が始まって

これは歯茎と歯茎を繋ぎ止める

今度は兎唇の皮膚を

縫い合わせる手術が行われた

まだ鼻の中から唇にかけての

傷が痛々しい

だが時が経れば

傷痕は目立たなくなる様だ


三つに裂ける

裂傷から身体の中は

暗く見えない

三本目の腕(かいな)が

まるで氷の上を

滑るように音もなく

胸部中央辺から

腕(かいな)が鋼のような

堅く短いが先の尖った爪

多指症の六本の指

手指の長さ掌と甲からは

類推できなかった

巨大な拳の指の関節は

鋭く尖って自らの皮膚を

破って突き出ている黄色の骨

三本目の腕は

血、肉、脂肪、皮膚に

こびり付いていて

なにかと問われたが

それら肉片の塊は

緑色が一番目立った

と、いうよりも

まるきりまるっきり

すべてが緑色だ

飛び散っていたが

額に一直線に向かうまで

瞬間的に時間が変わって

胸部から三本目の

腕が出てきたのは

一瞬だったが

その間は時間が長く感じた

六本指が前頭骨に穿頭して

ギーギーと骨と骨を

強く擦りつけたような

音がしているが痛みはなく

今度の時間は短くなって

前頭骨に爪が届いてからは

二倍速、三倍速で

素晴らしい映画

「鉄男」の様だった

美しさまで感じる作業だった

頭蓋の中に手指が入る

探し物をしているように

頭蓋骨の中を弄っている(まさぐって)

六本の指の動きが止まって

四つの指の爪が

前頭骨から

黒玉を握って出てきた

「しまった」と奴は唸る

それは二人に必要な

幸福か不幸かの

どちらかの選択だった

選択を与えられても

どうしていいのか

分からなかったが

選択を与えられても

それに気付かない

人達もいるのかもしれない

黒玉はちょうど漫画の吹き出しのように

楕円に尻尾がついているような

形をしていた

二本の指を脳漿に残して

二本は日本

奴は「指を残してしまった」

指を再生しながら

だが他の者の指を付けて

浸透させればいい

三本目の腕はまたするりと

胸に収まったが

胸に一つの傷もなかった

だが少ない胸毛の所々に

赤く濡れて艶があった

二本の爪はしっかりとしかし

脳髄を傷つけることなく

掴んだままだ

残した指が一本だったらば

脳を抉り出す時脳漿と

傷つけてしまうだろう

二人とも脳の中に

問題を抱えていた

それはお互いを補い合う

生きるために必要なこと

黒玉は二人にとっての

幸運か悪運のどちらかだった

彼らは少なくとも

今日と明日は生きている

それだけを救いに

過ごすのだった

彼らは多くを

望んでいるだろうか

喰い込んだ二本の爪

そして二人が必要としたもの

それは交換だった


意識は暗い森の中

また脈動が始まる

いつも踠く(もがく)

言葉など降ってはこない

雨乞いみたいに念じても

あれもこれもどれも違う

いつでも思う

これが自分の限界だって

それでもなにか

乾いたタオルから

一滴の言葉が出れば

この苦悩から解放されるのに

才能なんかない

ずいぶん考えてるけど

救いようもない

この体たらく

なにかないかと

弄くり(いじくり)回し

暗くて湿った場所は

床は足を動かす度に

靴の中までグショグショ

薄く張った床はパシャパシャ

足への抵抗はチャプチャプ

歩くだけでグチョグチョ

音の反響は広い場所

まだ暗くかび臭い

床に這いつくばって

乾く喉に啜りたい(すすり)

なにかつくろうってことは

泥に埋まるような

奈落をのぞくような

産みだすってことは

切り株の前でずっと眺める

やることは心得てる

削って形になるか

遠い先じゃない

いまできることでいい

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宿主に喰い込んだ聲 扶良灰衣 @sancheaqueous

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