アーサー伝記

らんまる

季節外れのマフラー




イプラスと言う街外れの森に【アーサー】と言う名の幼い少年が、足の不自由な母と二人で暮らしていた。かく言うアーサーも生まれつき右足首が歪んでいて肉体労働が出来ず、二人の暮らしは辛く苦しいものだった。

 だが、アーサーはその生活に満足している。植物が生い茂る水辺にある家に大好きな母と二人で慎ましやかな生活を送れていたからだ。

 

「アロエさん、また少し分けて貰えますか?」

 

 そう言って植物に話し掛ける姿は母から見ても不思議なものだった。肉体労働が出来ないアーサーは庭で植物を育て、それを薬などに加工して街で売り稼いでいた。

 風は吹いていないのに重たいアロエの葉が軽く揺れている。まるで、アーサーの問いに応えるように。それを見てアーサーはアロエを一株収穫し、再度お礼を述べる。

 

「ありがとう。この葉は軟膏にして売らせてもらうよ。」

 

 収穫したアロエを両手で持ち、家に入った。

 

「そろそろ、アロエの季節も終わるわね」

 

 そう呟いたのはアーサーの母。足が悪いので、日がな一日ロッキングチェアに揺られながら編み物をしている。彼女の白い羽織も自身で作った物で、編み物の才能は街一番と言われるほど名が高かった。

 

「うん、冬が来る前に稼いでおかないと。」

 

 冬は収穫出来る植物が大幅に減り、収入源がなくなる。二人にとって冬は厄介な季節だ。

 

「ごめんね、母さんが働けていたら・・・」

「謝らないでよ、母さん。」

 

 編む手を止め、申し訳なさそうに俯く母。心の優しいアーサーはすぐさま駆け寄り、母の肩にそっと触れる。

 

「僕、今の生活が辛いと思ったことないよ」

 

 母はよく、働く息子を見ては肩を落とし謝っていた。杖を使いながら歩くことは出来るが、街には母が働けるような仕事は無かった。

 だから、毛糸を編んで衣類を作り、それをアーサーが街で売っている。冬が来る前にしか売れないが、それでも立派な収入源である。

 

「僕が大人になったら裕福な暮らしをさせてあげるから、もう少し待っててね」

「あら、頼もしいわね」

 

 アーサー自身、今の生活に不満は無いが母のことを考えるとそうもいかない。裕福な暮らしが出来る程度稼ぐとなると、国の官僚以上の役職に就く必要がある。夢のまた夢だと思われるかも知れないが、齢十歳のアーサーにその素質はあった。

 真面目で勤勉、努力を怠らず優しい性格の持ち主。学校に通うだけのお金は無いが文字を読める母に教わり、一人で本を読めるようになった。そのお陰で商売の効率も良くなり、貰ったお小遣いで古本を買ってはボロボロになるまで読み込むような子である。

 母に褒められ、顔を赤らめながら手際よくアロエの軟膏を作り始めた。葉を切り落とし、下処理を済ませ加工した。この知識も本から学び、見様見真似で作ったがよく効くと評判が評判を呼び、街ではアーサーの薬は大人気となっていた。

 

「薬、出来たから街で売ってくるね」


 瓶たっぷりに入ったアロエの軟膏をボロボロのリュックに入れ、玄関のドアに手を伸ばす。

 

「あ、待って」

 

 母に呼び止められ振り向くと、杖に体重をかけながらゆっくりと近付いてくる。反対の手にはさっきまで編んでいたマリーゴールドを思わせる綺麗な橙色のマフラーを持っている。

 

「気を付けてね」

 

 そう言ってマフラーをアーサーの首に巻いて微笑み、嬉しくなったアーサーは少し俯き小さく頷いた。

 

「ありがとう、行ってきます。」

「行ってらっしゃい」

 

 母に見送られながら家を出て、少し歩き辛そうに街を目指す。外はまだ寒くないが、家から出ない母には外の気温が分からない。季節外れのマフラーではあるが母の優しさが嬉しく、アーサーは緩んだ頬をマフラーで隠した。

 

 街に出るといつもながら賑わっている。新鮮な野菜に卵、牛乳に魚。肉を販売する店は少ないが、それでも市場はいつも人で溢れかえっている。ごった返す人の隙間を通り抜け、お洒落な看板を掲げるレストランへと入った。

 

「こんにちは、軟膏を持って来ました」

 

 一声かけると厨房から奥さんがヒョコッと顔を出し、笑顔でアーサーを手招きする。アーサーは他のお客に気を遣いながら厨房へと向かい、リュックからさっき作ったアロエの軟膏を奥さんに手渡した。

 

「ありがとう、これが無いと手荒れが酷くてね。」

 

 炎症をおこし 、ヒビ割れしている自身の手を揉み合わせながら苦笑いをする。この奥さんはアーサーのお得意様で定期的に薬を買ってくれては、ご近所やお客に薬の評判を広めてくれる、所謂いい人である。

 

「もうすぐアロエの季節が終わるから、それまでに作ってまた持ってくるね」

「あぁ、助かるよ」

 

 エプロンのポケットから銀貨を一枚取り出しアーサーに手渡し、その硬貨を見てアーサーは目を見開いて奥さんを見上げた。

 

「こんなに貰えないよ」

 

 街にも薬屋はあるが、そこで売られている軟膏は銅貨五枚で買える。アーサーが作った軟膏に倍の値段を出してくれた奥さんは優しい表情でアーサーを見つめた。

 

「いいんだよ、この薬にはその価値がある。多いと思うなら、余ったお金で好きな本を買いなさい」

 

 奥さんの優しい言葉に頬が緩む。ありがたく銀貨を受け取り、少年らしく可愛い笑顔で奥さんを見上げた。

 

「ありがとう、大切に使うね」

 

 銀貨をズボンのポケットに入れ、奥さんに頭を下げて店を出ようとしたら朝食を食べていた男性に声をかけられた。

 

「おや、随分暖かそうなマフラーをしているな」

 

 見事な髭を貯えた、身なりの良い男性が髭を触りながらアーサーが巻いていたマフラーをまじまじと見つめている。

 

「母が作ってくれたんです。今年の冬も寒くなりそうなので。」

 

 少し照れくさそうにマフラーで鼻先まで隠す。その会話を聞いていた別卓の婦人が立ち上がり、アーサーの元へとやって来た。

 

「綺麗なマフラーね、同じ物を売ってくれないかしら」

 

 母が作ったマフラーを褒められ、アーサーの目が輝く。良く見ると婦人が身に着けていた羽織りも母が作った物で、リピーターだとすぐ分かった。

 

「はい!母に伝えておきますね。」

「えぇ、毎週金曜日はここで朝食をとっているから完成したら持って来てちょうだい」

 

 そんな話をしていると、先ほどの男性も微笑みながら話に入ってきた。

 

「妻に贈りたいのだが、私にも売ってくれないかい?」

「もちろんです、ありがとうございます!」

 

 思いがけず母のマフラーが二本売れてアーサーは誇らしく感じ、満面の笑みでレストランを後にした。

 レストランの奥さんに貰った銀貨をポケットの中で握り締め、隣街のメニラまで足を伸ばした。アーサーの住むイプラスには本屋が無い。だが、メニラには学校もあり図書館もあり、古本屋もあった。アーサーが持っているたった三冊の本も、その古本屋で買った物だった。途中、学校から子供たちの楽しそうな声が聞こえアーサーの足が止まる。

 羨ましそうに高い塀の外から校舎の屋根を見上げるが、ふと我に返り俯いたまま再度歩き出す。さっきより足取りは鈍く、ズリ落ちてきたボロボロのリュックの肩紐をしっかりと握って古本屋へと向かった。

 

 薄暗い路地裏にある古本屋、おじいさんが趣味で古本を集めては本好きに安値で売っている変わったお店だ。

 

「こんにちは、本を見せてもらえますか?」


 カウンターの奥で本を読んでいたおじいさんがアーサーを見て優しく微笑む。


「もちろんだよ、アーサー。君が気に入りそうな本を仕入れたところだよ」


 立ち上がり、三冊の本を手に持ちアーサーの方へやって来た。三冊全てが植物に関する本でアーサーの目が輝く。その様子を見たおじいさんが本を机に並べ椅子を用意してくれた。


「ゆっくり読むと良い」

「ありがとう、おじいさん」


 おじいさんにとってアーサーは同志らしく、十歳で難しい本を読むアーサーに優しく誠実だった。マフラーを外して机に置き、用意してくれた椅子に座り本を読み始めた。

一冊目は紙製の植物図鑑、雑草一つ一つの効能や使い方が書かれている本

二冊目は紙製の植物の育て方が書かれている本、二冊ともパラパラと捲るだけ。

最後に三冊目の本を手に取ったアーサーが目の色を変えて夢中で読み始める。

 それは紙製ではなく羊皮紙で、出版された本ではなく手稿だった。植物の名前や使い方、人間にもたらす作用まで事細かに書いてある。


「その本が気に入ったのか?」


 夢中で本を読み続けるアーサーの隣に立ち、まるで孫を見守るような表情でアーサーの顔を覗き込んだ。


「うん、植物への愛が感じられる本だね」

「分かるかい?ワシもそう思っていたんだ」


 植物を愛する二人の趣味は似ている。

近所では【何を考えているか分からず気味が悪いおじいさん】と嫌煙されている古本屋の店主だが、同じ趣味を持つアーサーには心を許していた。


「この本、幾らですか?」


 その本に心を奪われたアーサーは、レストランの奥さんから貰ったお小遣いから支払おうとポケットの中で銀貨を握りしめる。


「銀貨一枚で売っておる」


 出版されていない古い手稿だが、羊皮紙の本だと銀貨5枚以上の価値はあるはず。それに比べたらかなり安めの金額を提示してくれたが、アーサーの持つお小遣いでは足りない。


「ごめんなさい・・・手持ちじゃ足りないのでまた買いにきます。」


 ポケットの中で握りしめた銀貨から手を離し、本をおじいさんに返した。状況を察したおじいさんが、優しくアーサーの頭を撫でる。


「今日は安売りの日なんだ、銅貨5枚で構わないよ」


 気を遣って更に値引きをしてくれたが、アーサーは首を横に振る。お世辞にもこの店が繁盛しているとは言えない。おじいさんの趣味でやっているとはいえ、同じく植物を愛する人からその値段で本を買おうとは思えなかった。


「ありがとう、でも銀貨5枚だとしても安いくらいの良い本です。ちゃんとお小遣いを貯めてからまた買いに来ます!」


 アーサーのその言葉を聞き、おじいさんは微笑みながらゆっくり頷く。


「分かったよ。この本は取り置きしておくから、いつでも買いに来なさい」

「ありがとうございます!」


 座っていた椅子を片付けマフラーを巻き直していると、おじいさんが不思議そうに首を傾げる。


「マフラーを巻くにはまだ早かろう?」


 少し肌寒くなってきてたとは言え、マフラーを巻くほど寒くはない。特に人が多い街だと熱気で少し暑いくらいだが、アーサーはマフラーを巻いたままだった。


「寒くなる前に巻いてると良く売れるんです。」


 マフラーが売れるのは良い事なはすなのに、そう答えたアーサーの表情はいつもの子供らしい笑顔ではなく少し憂いを帯びている。おじいさんも軽くため息を吐き、目を細めてアーサーを見つめた。


「またいつでも来なさい、今度はお茶でも用意しておくよ。」


 おじいさんの優しい言葉に頬を緩ませ、俯きながらマフラーで顔を隠す。


「ありがとう。また来ます」


 リュックを背負い、店を後にした。ゆっくり歩きながら空を見上げる。建物が邪魔で見えにくいが、天高く薄い雲の隙間から澄んだ青い空が見えている。


 やっぱり外は寒くない。だが、橙色のマフラーは空の色と良く合っていて綺麗だった。

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