第2話

 そこには水が静かに満ち満ちている。ねっとりと濃い霧が、おれの体にへばり付いていた。



「一人でいくなよ。そんなのはずるいだろ、雲児」


 いつのまにか、隣には奴がいた。


 おれの背よりも、頭二つ半は小さい。真っ黒い瞳が浮かぶ三白眼が、不機嫌そうにおれを見上げている。



「ズルいのはいっつもカッちゃんの方やないの」


「そんなこたあない。子供はよ、贔屓されるんだから得だよな。おれはずっとお前の御守だよ」


「そうかあ? 子供にゃ子供の苦労があるんやで。三十年もやってりゃあウンザリやがな」


「ま、年をとらないってのはいいな。おまえがでっかくならないのは良いことだ」


 雲児は大きい目を丸くした。

「なんで? 御守はいやなんやろ」



「変わったら変わったで、いろいろ面倒が起きるだろ。早く戻ろう。おやじがお前の飯を待ってるさ。年だからよ。おれの飯じゃあ寿命が縮んじまうだろ」


 びゅうびゅうと風が吹いている。


「でも……」


 雲児は唇を尖らせて、もごもごと言い訳しながらうつむいてしまった。おれは肘をちょっと持ち上げたところにある頭を、ぐりぐり小突く。




「おれはもう、ただの人間にはなれねえさ。そんなのは今更なんだ。人間だった時のことなんて、ひとつも覚えてないんだから」


「カッちゃん……ぼく、ぼくはね、言うたことなかったけンど、ちょっとだけ覚えちょるんよ」


 クウは、胸の前に抱いた面たちを抱きしめた。




「カッちゃんはいつも、ぼくだけは恨まへんねやあ。ぼくは子供やから、そんならもう我慢でけへんよ」




 ひたりと、クウの裸足の足音がする。声が遠くなる。ひたひたと、迷うように足踏みをして気配が去っていく。



「クウ! 」


「大丈夫! 安心したってェ! ぼくは、カッちゃんとは離れへんねや。約束やア。しやろ! 」





 耳鳴りのような、遠雷が鳴りだした。大粒の雨が降り出す。



 黒い空から降る、冷たい雨だった。夜闇の豪雨の下、白い姿は霞みの向こうで千切れ飛んだように闇に溶ける。





 雲児はおれを置いて、その場を去った。

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