第4話

夢から覚めた。


「……クウ? 」


 ふと、側らに相棒がいないことに気が付く。空は燦々と太陽と紅葉。青空が眩しい。秋晴れだ。


 ……あれ、おれは。


「翁? 」

 返事がない。


「おい、おもかげ」



「男面……? 」




 身体が重く、気持ちが悪い。

 腹の中で泥が渦巻くよう。

 ぺたぺたと自分の顔を触る。紛れも無い『おれ』の顔だった。



 昼間なのに、肌身離せず貼り付いていた面が、いない。



「クウ、どこだ」


 クウが、いない。


 腹の奥で生臭いにおいがする。

 舌がべたついて仕方ない。


 三十年も前、しこたま腹に溜まっていた水底の泥のにおいがする。

 それは、昨日のあの“樹”のにおいでもある。


 どこかに倒れているのかもしれない。木陰の中に、あの長い黒髪を探した。




「クウッ」



 ―――――かしましいのぉ。


 皺枯れた男の声がする。おれははっと、俯いていた顔を上げた。


釣眼つりがね


 金泥の面が、ぎょろりと大きな目を剥いて俺を睨む。その眼力でおれを睨んだまま、歯を出して、にぃ、と禍々しく笑っていた。


 こいつは竜神の面だ。おそらくは最も力がある面。男面も、こいつには恐れ多くて口も利かない。面の中で、特に俺の手にも余る存在だった。



『ほかの奴らはどこにいった』


「わからない」


『今はわしと河津かわづがおるぞ。翁すらどこぞへ消えるとは……始めてのことだの。河津を呼ぶか』


 河津かわづは水死した男の面である。進んで相対したい輩ではない。男面の方がまだましだ。



「クウがどこに行ったか分かるか」


『あの童か? ぬしの方が詳しかろうに』


「分からないからお前に尋ねている」


『ぬしに分からんもの、わしは知らぬ』


『心当たりはあるのだろう? 』

と、龍神は言った。



あの樹――――そう、確かにあるのだ。あるのだけれど。



『ぬしは何時も迷ってばかりだの』


 可笑しそうに俺を笑って、釣眼は消えた。


 久々の陽光は眩しい。


 懐かしいとは思わない。


 青空は、人間だった雲児の領分だった。

 とっくにおれには眩しいだけで、毒にしかならない。



 しばらく、ぼうっと立っていた。

 いや、途方に暮れていた。

 陽の毒気に中てられたのかもしれない。ひどく頭が重いのだ。



「ちょっと、あんた。こんなところで何やってんだい」


 その人がおれの肩を叩くまで、気が付かなかったくらいだ。


「あんたは……」


「やあ、久しいね。空船……って、あんた」



 見知った切れ長の目が、驚いたように瞬く。


「雲児はどうしたんだい。それにあんた、面は……」


 おれは、その人の名前を呼んだ。




照朱朗しょうしゅろうさん」

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