後悔流し
峰川康人(みねかわやすひと)
本文(1/3)
――なんでアイツは死んじまったんだ
後悔の念に苛まれがら今年も私はその場所に向かって歩き出していた。
ある年の冬の到来を感じさせるその日。私は所々にボロが出始めた年季の入ったジャケットを着て外出していた。その場所は自宅から遠く離れたとある田舎の駅から歩き始めて田んぼと畑に挟まれた道をさらに歩いて曲がり角を曲がって少し歩いた場所。そこには一つの橋が向こうの山道までに向けて川の上にかかっていた。
「ごめんよ……見捨てて」
長さ十数メートル、高さ約三メートルに及ぶコンクリートの橋の上で私は今年もすり切れたビデオテープのように繰り返し嘆いていた。
(……今年も来てしまったか)
私がいるこの橋の周囲にはビルもなく、店もない。建物といえば精々古くて白いレンガの壁に包まれた一戸建て住宅が所々に建っているくらいだ。他には田んぼや畑、加えて新緑生い茂る山が果ての内容に広がっている。
この場所は駅から少し歩いた先の道路の曲がり角にあった。橋は片方は私が来たほうの道を、もう片方は山の森に囲まれた道を繋いでいた。森に囲まれた道の先にはかつて幼いころに私が住んでいた村があった。
(でも、もう見る影もないくらい寂れてしまったな)
いつからかは覚えていないが生まれ故郷の村にはもう人は住んでいなかった。廃村となってしまった。
最後にあの村を確認した時はボロボロの家が数件あった。ひび割れた窓にその周囲を茫々と生える雑草の群れ。窓から飛び出すように草が生えているのを見るのはどうにも耐えられなかった。
花束を橋の上から流れる川に向けて落とし、私は花が流されていくのをただじっと見ていた。
「こんなことしたって帰ってくるわけがないのにな……」
溜息を吐いて淀んだ雰囲気を纏った中、私は橋の下を流れる川を見ていた。幅は十数メートルの橋よりも小さい。しかしその川の長さが付近の山から海まで続いているほどの長さがあるというのを私は知っていた。
「アイツは……いったいどこに流れたんだ?いやどこまで流れて死んだんだ?」
ここでいうアイツとは私の幼いころの親友である。
半世紀以上前、私が子供の頃に亡くした友人だ。村一番の親友だった。
――いいか?川の流れは恐ろしいんだぞ!?ご近所のおじさんの兄貴はな、お前くらいの頃に川で遊んでた時に流されて溺れちゃったんだ。死んじゃったんだ!!だから川を舐めちゃいけない!!
幼き日。まだ生きていた父が川に遊びに行こうとした私に剣を突き刺すような勢いで忠告したのを覚えている。まだ十歳にも満たない頃の記憶だ。私はその父の言葉を胸の奥に焼きごてが付いたかのように刻んでいた。
ある日の事。冷えた空気が秋のその日の学校からの帰り道。
「なあ、蛍を見に行かないか?」
幼き私にそう提案してきたのは当時、村にいた親友だった。この親友というのは私と同い年で同じ学校に通う……といっても学校は全校生徒合わせて二十数人といった具合で二クラスに分かれてこそいたが小学校低学年と高学年の二つのグループに分かれている程度で中学になったら山を下りて自転車で二十分のところにある中学までいかなければならなかった。そういった事情もあって村には子供はほとんどおらず、老人とそれを支える中年の男女が人口の割合を占めていた。
「蛍?何で?」
「すげー綺麗だって。近くのじいちゃんが言ってた。川のほとりに今日みたいな日にいっぱい来るんだと」
「えー?でも夜でしょ?それに川の近くって……」
「心配すんなよ。川のほとりといっても川よりじゃなくて道路寄りにある茂みだから。な?今夜行こうぜ?」
「行こうって言われても……」
私は正直乗り気じゃなかった。何分蛍ごときというのもあったが川の近くでしかも視界の遮られた真っ暗闇な夜というのがさらに嫌だった。
「でもうちの親がなあ」
「お前んちでっかい物置あったろ?昔かくれんぼでつかったやつ。あそこで寝てたってことにすればいいんだよ」
「ああ。あの物置?確かにそれならいけるかもしれないけど」
「なあ行こうぜ?一人だとあれだからさ」
――じゃあやめればいいじゃん
『一人だとあれ』と確かに言っていた。その言葉をよく思い返してみれば私が行かないというのなら親友も来ることはなかったのだろう。
「なあ頼むよ。あのひどい親は連れてってくれないしさ」
ひどい親。彼の両親は酷いというより私から見て鼻につくというのが正しかった。
村一番のお金持ちで村の全権を持っているという自負があるのか父の方はやたら威張り散らしていた。以前家に来た時は私の両親が出迎えたが茶菓子にお茶と出したにも関わらず終始不機嫌に口に合わないだのどうだのと言ってきた。しかも来た理由が新しい家電を買ったのどうだのという自慢話。そして極め付けはタバコだ。両親はタバコを吸わなかった。そのせいでタバコを吸えないと分かった時、ひどく怒っていた。
――なんだ?自分達が吸わないからって用意してないのか?
客へのもてなしがなってないと言いたかったのだろう。両親はただ申し訳ないと言っていた。
母の方はというと所謂教育ママだったのだろう。教師でもあった親友の母は朝早くに起きては教師としての仕事をこなし、息子である親友にも早起きをさせていた。愛情深いのか食事はしっかり食べさせてはいたし、こちらも自慢話を、息子に関することを周囲の人間に対してやはりしていたそうだ。しかし教育になると話は別だった。昼になれば給食が来るのだがこれに対しても厳しく好き嫌いをすると息子にだけ平手打ちを何度もかましていた。成績が少しでも悪いとやはり平手打ち。家でもろくな扱いを受けてなかったのだと親友は語る。何故この二人が結婚したのかわからないがそれでも結婚したのは事実だった。そんな両親から離れたい。だからこそ少しでも二人から離れて冒険がしたいのだろうと私は思っていた。
「両親にしかられるよ?」
「大丈夫だよ。今日酒を飲むって言ってた。あれ始まるとうちの親、俺の方なんて興味なくなるからさ。母さんは明日あるから程々だけど父に付き合わされるから多分夜までっていうか……まあ要は明日の朝までは気づかれないと思う」
「そうなの?」
正直言えばこの時は親友の味方をしてあげたかった。というのも親友は母の影響もあってか、成績が良かったのでよく勉強や宿題を一緒にしていた仲でなりよりただ一人の同い年の友人だったから。それでも川に対する恐怖はあった。
「そうだ。来てくれるんならアレやるよ。お前の欲しがってたあのカード。どうせ二枚あるし」
「え?本当!?」
だが私はまだ子供だった。それがいけなかった。
当時流行だった特撮ヒーローのカード。私にはそれが欲しくてたまらなかった。しかし親に何度も頼み込んでも首を縦に振ってもらえず、結局一枚も親からは買ってもらえなかった。
「でもどうして持ってるの!?」
興奮気味に私は親友に尋ねた。この近くで売っている店なんてなかったから。
「親戚のおじさん夫婦が買ってくれたんだ。こっそりとね」
「親戚のおじさん夫婦ってこないだ言ってた都会のほうに住んでるっていう?」
「そうそう。ちなみにこないだお前にあげたベーゴマもおじさんから貰ったんだ。誰かに渡して一緒に遊べって」
「そうだったのか!」
「おじさん夫婦のこと、うちの親は都会に魂売ったとかこの村見捨てたとか言ってるけどそうは見えないよ。だって見てみろよ」
親友がそういって辺りを見渡す。家、田んぼ、田んぼ、畑、家、畑、畑、田んぼ……覚えている限りの風景が確かならその時の辺りの雰囲気はのどかで喧噪さは一切感じられない場所であったが裏を返すと退屈だということで親友は苦虫をかみしめた顔をしていた。
「おじさん、言ってたよ。ここにいてばっかじゃダメだって。でも都会はすごいんだぜ?おいしいお店だっておもちゃだって沢山ある。本当なんで俺、おじさんの子供じゃなかったんだろうな」
「それはわからないよ」
「なあ、どうだ?今夜?」
「……わかった」
なにが『わかった』だ。
最悪の選択肢を流れに任せて踏んでしまっている自分が確かにそこにいた。
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