第12話、BOSS討伐

 今のシンジの声に、奴が先程木箱を漁っていた事実を照らし合わせる。つまり何かを見つけたのだろうが。


 そこでシンジがいる方向から、次は狂ったような女性達の笑い声が聞こえ出した。

 何が起こっているのだ? そしてシンジは何を見つけたというのだ?

 女性たちの不気味な笑い声は今も聞こえ続けている。

 このルームにいる女性は、リーゼントが連れていたカナとか言う死んだ女と、ここにいるソラしかいないはず。

 ……もしかして他のプレイヤーグループが現れたとかなのか?


 いや、それよりもゲイリーは既にこの部屋のどこかにいる。

 異臭で奴の鼻がバカになっていたとしても、あんなに騒ぎ立てていれば絶対に気づかれるはず。


 あいつが何をしようとしているのかも気になるが、鉢合わせを防ぐためにもゲイリーの位置も確認しておきたい。

 行って確かめてみるか。

 俺たちは息を殺すと、シンジがいた空間へと急いだ。


 先程の空間に戻ると、死体の壁の間からシンジの背中を発見した。

 そして女性の笑い声はこの空間、床に倒れている少年から発せられていた。

 頭が混乱する中、その少年の顔面近くに小さな巾着袋をいくつかみつける。

 声の正体は、笑い袋か!

 そしてシンジはなんと、光沢のある赤に染まるボディーである小型機械、チェーンソーを手に入れていた。


 ……あの野郎、もしかしてBOSS討伐を狙っているのでは!


 このホラーホラーシリーズで、ステージクリアをする事より難しいのがBOSS討伐である。絶対に倒せないBOSSなんてのも半分以上いたりするが、倒した時の見返りは大きく、普段手に入らないレアアイテムから特殊な能力までと様々な報酬があった。

 恐らく今作もBOSS討伐後の特別報酬は用意されているであろう。

 ちなみにホラーホラー1と3のゲイリーは、倒すと『メガトンパンチ』と言う三分間に一度放てる破壊力抜群の素手スキルが与えられていた。


 シンジはチェーンソーを木箱の上に置くと、エンジン部から伸びる紐を引っ張りブルルルンとエンジンの始動を試みている。

 そして三度目の引きで、ついにチェーンソーのエンジン部分からドッドッドッドッと力強く頼もしすぎる音が上がり始めた。

 シンジがわずかにアクセルを握ると、ギイィィィーンと刃が高音と共に高速回転する。

 これならいけるかも!

 いくら二メートルを超える大男でも、チェーンソーが相手ではただではすまないはず。


 ……あいつに加勢したほうが良いだろうか?

 いや、あいつは俺たちを欺き危険な目にあわせやがった。いつ裏切るかわからない、そんな奴と共闘なんてあり得ない。


 そうだ、狙うは漁夫の利だ!

 仮にシンジが殺られてもあと少しで倒せる状態なら、バールでもチェーンソーでも何でも使って俺がトドメを刺してやる。

 感情が高揚し自然と口角が釣り上がってしまう。

 奴等が共倒れなんかしてくれると最高なんだがな。


 俺はソラを後方へ下がらせると辺りの気配を伺った。

 すると遠くから、ぶら下がる人の揺れが猛烈なスピードでこちらに迫ってきているのを見つける。

 そしてゲイリーが人壁からその姿を現した。勢いのまま少年の傍まで行ったゲイリーが、鉈を振り上げた状態で固まっている。

 そこで複数の笑い声が木霊する中、人の壁に身を隠しチェーンソーのエンジン音を笑い声でかき消していたシンジが、アクセルを全開にしギイィィィーンという音と共にゲイリーに襲いかかった。

 その勢いより正確さを重視したチェーンソーの一振りが、背中を向けているゲイリーの横腹部目掛けて右から左に迫る。そしてチェーンソーでの一撃が、血と肉を撒き上げさせながら接触した腹部を破壊していく。

 流石のゲイリーも意表を突かれたのか、手から鉈を落とした。

 しかしもう少しで回転刃の全てがゲイリーの腹部に納まろうとした時、チェーンソーの刃は回転しているのにそれより先に進まなくなった。それは背後に伸ばしたゲイリーの右腕が、シンジの手首ごとチェーンソー本体を掴んだからだ。


 そしてゆっくりとゲイリーの腹部から体外へと向かい完全に抜き取られた回転刃は、新たな目標地点であるシンジの肩口へと上から迫り始める。

 ゲイリーはシンジと向かい合わせになると、チェーンソーを両手で握った。しかしシンジに迫るスピードはゆっくりのままだ。

 ゲイリーの奴、遊んでやがる。


 目を見開くシンジからは、汗がダラダラと吹き出し始める。そして完全に力負けしているシンジが片膝をつき、その肩口にチェーンソーが当てられた。

 シンジの絶叫が上がる中、嫌な音と共に鮮血も上がり始める。

 そしてチェーンソーがシンジの胸の辺りまで下りてくると、そこで持ち上げられ少しだけズレた違う箇所から刃を下ろされていく。

 まだ生きているシンジは小便でズボンを濡らしていた。


 駄目だ、奴は化け物だ!

 俺なんかが頑張っても無駄死にするだけだ。

 その時、絶叫を上げ続けるシンジと目があってしまった。

 シンジはしっかりと顔をこちらに向けると、何か言いたげに俺から目を離さない。


 そんな目で俺を見るな! お前が悪いんだ!

 そうだ、俺にはソラがいる、俺は死ねないんだよ!


 シンジのねっとりとした視線を振り切ってソラの手を引くと、俺はその場を離れた。

 逃げるんだ!

 逃げて逃げて逃げるんだ!

 死体の壁に体当たりをしながら、無理矢理押し分けて進む。

 MAPを見れば今まで通った場所が表示されていたので、それを照らし合わせながら来た道を目指した。

 シンジの叫びが途切れ笑い袋の声しか聞こえなくなった辺りで、広い部屋から飛び出す事に成功した。

 そして出口であるスタート地点へと走り始めたのだが、階段に行き着く前に後方の扉が吹き飛ぶ音が聞こえた。

 振り返って確認するまでもない、ゲイリーが追ってきた!

 そして階段を上りきったところでゲイリーが階段を駆けあがってくる音が。

 このままでは追いつかれる。


 こうなったら戦ってやる!

 扉から少し離れたところまで行くとソラの手を振りほどき、足を止めてバール片手に声を張り上げる。


「ソラ、ゴールを目指せ! 」


 そして足を止めこちらに振り向くソラへ、怒鳴りつける。


「振り返るな、急げ! 」

「でも! 」


 ソラは俺の身を案じてくれているのだろう。しかしそれなら——


「ソラがクリアしたら、俺もクリアになるんだ! 」


 そこでソラは走りを再開させた。

 そして階段を上りきっていたゲイリーが目の前にぬっと現れた。

 奴は俺とまだ距離があるにも関わらず、鉈を持つ手を振り上げた。

 鉈を飛ばす気か?

 ……もしかしてソラに!?

 頭の中でそのキーワードが瞬時に繋がったため、冷たい光をチラチラ放ちながら空飛ぶ鉈へ向かい、咄嗟に手を伸ばす事が出来ていた。

 そして鉈の進行を妨害した左手は、その代償として親指だけを残し全ての指が根元から切断される。

 小さな噴水が左手から僅かに上がったが、止血なんてしている暇は勿論ない。左手をオペを始める医者のような形で心臓より高くすると右手でバールを構えた。

 のしのしと迫るゲイリー、それに対し俺は蛇に睨まれた蛙のようにしてただ同じポーズをして待った。


 そして目と鼻の先まで来たゲイリーが、握り拳を作り上から下に振り下ろす。

 俺はそれを防ぐため身を引くと、バールを横にして突き出した。しかし岩のようなその拳は、バールを避けて俺の前腕に落ちた。関節は無いが、そこから直角に曲がる腕。

 俺の口から声にならない悲鳴が漏れる中、視界が逆さまになった。ゲイリーが俺の右足を掴み上げたのだ。そして奴は俺の足首と太腿を掴むと、雑巾のように絞る。

 俺が高笑いを上げ始めた。

 そして逆さになっている状態で、高笑いを上げ続ける俺が、動かせる方の足で爪先蹴りを放つ。その一撃はゲイリーの怪我をしている腹部を正確に捉えた。


 手を離された俺は頭と肩から地面へ落ちた。

 そこで耳鳴りがする程の咆哮が間近で上がる。

 その迫力に上半身を上げ動く片足のみで後ずさるが、それは無意味であった。

 俺の腰へと伸びた奴の両腕が、ズボンを左右に広げ乱暴に破いた。そして露わになった俺の股間に腕が移動してくる。


 そこでゲイリーの姿がピタリと止まった、俺の体も動かない。


 まるで写真の世界に閉じ込められたような感覚。

 そして仄暗くなる視界。

 ゲイリーの姿がパソコンの壁紙のように薄っすらと見える中、突然congratulationsコングラチュレーションと正面ど真ん中にデカデカと金色の文字が現れた。

 そしてその下に小さな字で獲得金額【二万G】、クリア報酬アイテム【百円ライター】と表示され、最後に称号が鳥籠のヒナから、【地下を逃げ惑いし者】へと変更された事が知らされた。


 獲得金額がたったの二万Gしかない。

 これでは潤滑油が、安心が買えない!

 ソラの事が気になる。

 いや、ソラは宝玉を直接持ち帰りクリアした本人だろうから俺よりはGを貰っているはずだ。

 そうに違いない。


 そこで下の方にテロップが表示された。

『自室に転送されます』と。

 ゲイリーが迫る姿が貼りつく中、俺は凄い睡魔に襲われ始め頑張り虚しく意識が途切れてしまうのであった。

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