第5話、ショートカット

 俺たちは街はずれで、地面を踏んだり壁に触ったりしている。

 もちろんゾンビステージへのショートカットを探している最中なんだけど、この闇の中では互いに離れすぎるとはぐれてしまいそうなので、ここと決めた場所を集中して三人で手分けしている。


 鳥籠の街は円形で、中央に全プレイヤーの寝床である鳥籠の塔があり、その隣にあのだだっ広い広場がある。そして無人の民家——お金を貯めたら購入出来るかも——が周りに建ち並び、防壁が街全体をぐるりと取り囲む。

 そして防壁の周りには木々が生い茂る森が広がっており、森の外周であり行き止まりである鳥籠の端——鳥籠の壁——には六つの門が設けられていた。


 現在2.4.6.8.10.12の方角にある六つの門の内、2時の方角の門が開かれており恐らくここが第一ステージなのだろう。

 そして一際大きく巨人でも頭を下げる事なく出入りが出来そうな門が8時の方角、それに10時の方角には閉じた門の前に更に鉄格子が掛けられた門があり、この二つが怪しさ満点だったため、最初にその周辺を捜索してみた。

 しかし時間の無駄だったらしく、結局見つける事が出来なかった俺たちは場所を移動する事に。


 そして町はずれである森エリアに来ているのだが、そこを流れる小川に掛かる橋が怪しい、と踏んだ俺たちはその袂に来ていた。

 対岸の秋葉さんと同じように、ゴツゴツとした岩を手当たり次第に触っていく。

 もしここに入り口があるなら、手がすり抜け先に行けるのだが。


 とその時——


『フウゥワァン』


 音がしたかと思うと、手に当たっていた岩の感触が急に無くなる。


 ちょっ、まじ!

 そのまま前のめりに幻影の壁を通り抜ける。

 手を広げるが何も掴めない!

 俺はウォォォと情けない声を漏らしながらそのまま滑り落ちていってしまう。

 そして体全体を衝撃が走り抜けた!

 むせ返る感じで一時呼吸が出来なくなってしまうが、胸に手を当てていると呼吸は出来るようになってくる。


 しっ、しかしびっくりした!

 本気で死ぬかと思った!

 そして固く冷たい感触がお尻を冷やしている事に気がつく。

 辺りを見回せば、ここが比較的小さな洞窟である事がわかった。ただ洞窟の奥から注ぎ込む月明かりにより、洞窟内は比較的明るい。


 ……これって、鳥籠の街より明るいよな。

 そして見上げてみるとジャンプをしても届かない位置に、俺が落ちて来た滑り台のように傾斜のついた岩穴の道が見える。


「お兄ちゃん! 大丈夫! 」


 すかさず穴からソラの声。


「俺は大丈夫だ! それよりソラも落ちないよう気をつけろよ! 」

「わかった! 」

「あと秋葉さんにこの事を! 」

「うん、今こっちに向かってるよ! 」


 そして足音が近づいて来た後、秋葉さんの声が。


「大丈夫でござるか? 」

「はい! それよりやりましたよ! ここ、ゾンビが超出そうです! 」


 そう洞窟の外には無数の十字架が見えている。アニメとかで見る、西洋風の墓場みたいだ。

 ふぅ~、しかし役に立てて良かった。それとこれでお役目御免だな。


 秋葉さんがそろりそろりと降りてきたので、着地をしたのを見計らい話しかける。


「それじゃ俺、お先しますね」

「学氏、お疲れ様でござった」

「ソラー、ログオフして帰るぞ! 」


 言ってステータス画面を開き、ログオフボタンを押そうとするのだが——

 あれ?


【プレイヤー名】引戸 学

【称号】 鳥籠のヒナ

【HP】 200/200

【状態】 正常

【GOLD】 0G


 何度もこのステータス画面を閉じたり開いたりしているのだが、ログオフボタンが現れない。

 もしかしてステージに入ったもんだから、表示されないのかな?

 ……しょうがない。


「秋葉さん、ログオフ出来ないみたいなので、やっぱり自分もお伴してもいいですか? 」

「それは残念でござったな。しかし拙者からすれば、学氏が居てくれると心強く感じるでござるよ」


 言って秋葉さんは鷹揚な態度で微笑む。

 この人、見た目が格好良かったら凄いイケメンさんだと思う。


「ソラ、悪い! すぐ戻るから、先にログオフしていてくれ! 」

「それが、私もログオフ出来ないみたい! どうしよう? 」


 ん、なんだって?

 そんな簡単な操作も出来ないのか?

 いや、稼働初日だしバグの可能性もあるかもしれない……。


「だったら先に街の広場に戻っておいてくれ! そっちに戻れそうにないんだ! 」

「えぇー! 」

「なんだったらこっちに来て、俺たちと一緒にゾンビから逃げ回ってもいいけど、来るか!? 」

「わかった! 先に戻ってる! 」


 夜道をソラ一人で帰す事に対して心配していないと言えば嘘になるが、このゲームはプレイヤー同士での攻撃は無効らしいから、たぶん大丈夫だろう。


「さてと学氏、君は念のため痛覚レベルを最低まで落としておいたほうがよいでしょうな」

「あっ、そうでした」


 ステータスの状態部分をタッチし、痛覚レベルの項目の目盛りを一番左の最低に設定する。

 ちなみに最低に設定しても、痛みは完全に無くならないそうだ(公式情報)。


「あれっ、秋葉さんは痛覚レベル変更しないんですか? 」

「拙者はもうしているでござるよ。勿論レベルMAXの、軽減ゼロでござるがな」


 ドヤ顔の秋葉さん。

 ここは流石、としか言いようがない。

 あっ、そう言えば——


「秋葉さん、ショートカットでステージに入ったら、クリアするか死ぬしか戻る方法がないんでしたっけ? 」

「今回もそうでござるよ。あと開発者のコメントでは、初期でゾンビステージをクリアするのは、今回も無理だそうでござる」


 うげっ。

 つまりショートカットで侵入したら、今死ぬか後で死ぬか、しか選べない仕様と言う事だ。


 ショートカット、たしか一番最初に出来るようになったのはホラーホラー3である。最初は単なるバグだったらしいのだが、しかしこれが一部のプレイヤー間で大いにウケたのだ。

 そしていつしか、どれだけの時間あの世界にいられるのかを競い始め、その模様をリアルタイムで動画にアップする者も現れた辺りで一気に火がついた。

 そして4からは隠し要素として、正式に実装される事となる。


 ちなみに秋葉さんは最悪と謳われる最恐難度のシリーズ7でレコード記録を持つ、知る人ぞ知る人物であり、また新作が出ればいち早く情報を皆に教えてくれる一流のスネークでありゾンビ界の廃神様だ。


「やっぱり手っ取り早く死ぬには、落下が一番ですかね? 」

「そう言えば学氏、久々のホラーホラーでしたな」

「あ、はい」

「システムは昔と比べたら若干は変更されてますが、大幅に変わったところはありませぬ。ただ追い詰められて惨殺されるのと、追い詰められて転落死するのとでは、後者だと恐怖度が低いとの事で、今作は落差のある場所は少なめに設定されているようでござるよ」

「マジですか」

「あとはゾンビに噛まれて感染死もあるではござるが……」


 ゾンビに噛まれると感染の状態異常になり、HPが減り始めゼロになるとゲームオーバーになる。しかも感染状態になると攻撃の照準が合わなくなったり足が遅くなる等の影響も出ていたので、今作では猛烈に気分が悪くなるような予感がする。


 盛大にため息が出た。

 とにかくここにずっといても仕方ないので、早速俺たちは洞窟から出る事にした。

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