第3話 旅人の目的

「あなたの正体、もう少し聞かせてもらえませんか?」


イリーナがそう言った瞬間、冷たい風が頬をなでる。


「正体なんてないさ。ただの農夫だよ」


俺は平静を装って答えるが、彼女はその場から一歩も動かず、じっとこちらを見つめている。その瞳には、何かを探るような鋭さがあった。


「ただの農夫……ね」


彼女は意味ありげに呟いたが、それ以上は何も言わなかった。


「じゃあ、俺はもう寝るからな。お前もあんまり夜遅くまで出歩くなよ」


俺はわざと軽い口調で言い残し、彼女に背を向けた。だが、背後から感じる彼女の視線は最後まで鋭かった。


翌朝――


翌日もいつも通り畑仕事をしていた俺のもとに、イリーナがやってきた。彼女は穏やかに微笑んでいるが、どこか警戒心を感じる。


「ライゼルさん、昨日は失礼しました。旅の疲れで少しおかしなことを言ってしまったかもしれません」


「ああ、別に気にしてないよ」


俺はそう答えたが、彼女の様子はどこかおかしい。表面上は丁寧に話しているが、その視線は相変わらず俺の動きをじっと追っていた。


「それにしても、あなたは本当に不思議な方ですね。猪を一撃で倒す腕前があるかと思えば、畑仕事もとても手慣れている」


「そりゃあ農夫だからな。鍬を振るのが仕事だし、猪を追い払うのも村の安全を守るためだ」


そう言って鍬を振ると、周囲の土が軽く舞い上がる。だが、それを見たイリーナの瞳が微かに動いたのを俺は見逃さなかった。


「本当にそれだけなのですか?」


「それだけだよ」


俺は冷静を装ったが、内心では焦りを感じていた。こいつ、ただの旅人じゃない。俺に対して何か目的を持っている――それだけは確かだった。


イリーナの視点――


夜、村の宿に滞在していたイリーナは、一人小さな手帳を開いていた。


「ライゼル・グランデ……あなた、本当にただの農夫なの?」


手帳には、彼女が旅の途中で見聞きした情報が書かれていた。その中には、最近現れた「異様に力の強い猪を一撃で倒した農夫」の話も含まれている。


「こんな辺境の村に、あれほどの力を持つ人間がいるなんて普通ではありえない。しかも、彼の動きにはどこか洗練されたものを感じる……」


イリーナは小さく息をつくと、手帳を閉じた。


「何者かは分からないけれど、この村に留まっていれば、彼の正体に近づけるはず」


その夜――


俺は自分の小屋で横になりながら、昼間のイリーナとのやりとりを思い返していた。


「一体何者なんだ、あいつは……」


ただの旅人が猪を倒した程度の話にあそこまで執着するだろうか?普通なら一言感謝を述べて終わる話だ。それなのに、彼女は俺を探るような目をしている。


「……まさかとは思うが、俺の過去に気づいてるのか?」


だが、それはありえない。俺の過去を知る者はほとんどいないし、この村に来る前に完全に足取りを消してきたつもりだ。それでも、彼女の言動には引っかかるものがあった。


「監視されてるみたいだな……」


俺は鍬を握りしめながら、村での平穏な生活が危うくなっている気配を感じていた。

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