第15話 ハンナのスキル

「やっぱり面白いやつだな、ハンナは。家族を見返すために全力で努力するそのひたむきさ、俺は好きだぞ」

「え……好き……?」

「ああ。それに、ライバルとなる相手に教えを請おうなど、そう簡単にできることではない。尊敬に値する」

「あ……ありがとう……。わ……私……も……ごにょごにょ」


ハンナの顔がこれまでで一番真っ赤になり、湯気が立ち上っている。


やはり褒められ慣れていないんだな?


「よし、ハンナの魔法コントロール上達に協力するぞ!」

「ほんと……!?」

「だがその代わり、一つ頼みがある」

「うん……いいよ」

「え? まだ何も言ってないんだが?」

「なに……?」

「ダンジョン攻略の為、俺とパーティーを組んで欲しいんだ!」

「うん……いいよ」

「そ、そうか」


あっさりOKされてしまった……。正直断られるかと思っていた。


ダンジョン攻略など、ハンナの目標には関係ないからな。


これであと一人メンバーを見つけられればすぐにでもダンジョンに向かえるぞ!


「じゃあ、よろしく頼む!」

「うん……よろしく」

「まだ昼休憩の時間が残っているし、早速魔法コントロールの練習を始めるか?」

「……! はい……お願い……します」


ささっと昼食を片付けると、俺たちは魔法訓練場へと向かった。



「まず、なぜ俺があのような魔法コントロールができるのか、だが」

「う……うん」

「結論から言うと、スキルのおかげだ。俺は身体強化系のスキルで射出口を狭め、圧縮した魔力を打ち出したんだ」

「スキルのおかげ……? そんな……」


なぜかハンナの表情は暗くなり、がっかりした様子で下を向いてしまった。


「どうした?」

「……私……スキルが……使えない」

「スキルを持っていないのか?」


まれにスキルを持たない人間もいると聞いたことがある。ハンナもそのタイプか?


「ううん……持ってる。でも……スキルの使い方が……分からない」

「そういうのは普通なら自然に分かるものなんだが、何か理由がありそうだな。差し支えなければ、スキルの名前を教えてもらえるか?」

「笑わない……?」

「なぜだ? ハンナのスキルを笑うわけがないだろう?」

「……【精霊使い】」


【精霊使い】。それがハンナのスキルか。


「名前を聞く限り便利そうなスキルだな」

「そんなこと……ない。【精霊使い】なんてスキルが……魔法使いの何の役に立つのかって……ずっと言われてきた」


たしかに【魔力上昇】などといった、いわゆる純粋な魔導師向けのスキルではない。


「悔しいから……少しでも使えるようにって……たくさん努力した。でも……何も分からなかった」


ハンナの表情は暗いままだ。そして、諦めの色がにじんだ暗い目をしている。


「なるほど。ハンナが使い方を知らないのでは、俺からアドバイスできることはないな」

「!? …………そう……だよね」

「だが……ハンナのスキルに詳しそうな人は知っているぞ」

「……え!? ほん……とう……!?」


大きな目を見開くハンナに、俺は首を縦に振った。


詳しそうな人とは俺のばあちゃんのことだ。


ばあちゃんはエルフということもあり、精霊に近いタイプのスキルを持っている。とりあえず聞いてみるか。


念話魔法のテレパシーを発動し、ばあちゃんにつなげた。


「ばあちゃん、聞こえるか?」

「あら、ハルちゃん!? またすぐにかけてくるなんて、やっぱり寂しかったのね? そうなのね!?」

「え……? あ、ああ」

「でしょう!? まだハルちゃんは子供なんだから、無理しちゃ駄目なのよ! 今すぐ学園なんて辞めて帰っておいで!」


まだ入学初日なんだが……。


「い、いや、楽しく過ごしているよ! 俺が連絡したのは寂しいからじゃなくて、ばあちゃんに聞きたいことがあったんだ」

「あら、そうなの? ……じゃあ、なんでも聞いてちょうだい!」

「ばあちゃんのスキルって、確か精霊に近いやつだったよな?」

「そうねぇ、【妖精女王】って言うんだけど、確かに妖精は精霊に近い存在ね。ただ精霊よりも強い意志を持った精神体なの」

「なるほど。実は俺の同級生で、精霊系のスキル持ちがいるんだが、使い方が分からなくて困っているんだ。話を聞いてやってくれないか?」

「あら! もうお友達ができたの!? いいわ! 聞いてあげる!」

「ありがとう!」


俺は早速ハンナにもテレパシーを繋げた。


「ハンナ、聞こえるか?」

「これ……テレパシー……? ハル……凄い」

「そうか? 向こう側にいるのが、俺のばあちゃんだ。精霊に近いスキル持ちだから、是非話してみてくれ」

「う……うん……。分かった。はじめ……まして……ハンナです」

「はじめまして、シルヴィアよ。まさかいきなり女の子を紹介してくるなんて、さすがハルちゃん、やるわね!」


何か勘違してないか、ばあちゃん……?


「私のスキルは……【精霊使い】。スキルの名前を何度叫んでも……、本をたくさん読んでも……、使い方が……分からなかった……です」

「へぇ、人間が精霊系のスキルを授かるなんて、珍しいわね」

「そうなのか?」

「ええ。精霊が多い森林に暮らすエルフでも授かることがレアなスキルよ。それも【精霊使い】とは将来有望ね。さすがハルちゃん! いい娘を見つけてきたわね!」

「いやいや、そういうのじゃないぞ……? で、ハンナはどうすればいいんだ?」

「なによ、照れなくてもいいのに。ところでハンナちゃん。精霊の声を聞いたことはあるかしら?」

「精霊の……声? ない……です」

「そう」


ばあちゃんは小さく息を吐くと言葉を続けた。


「精霊はね、ハンナちゃんがスキルを授かってからずっと、あなたの心に話しかけていたはずよ?」

「え……?」

「もしかして、ハンナちゃんは昔、心を閉ざすようなことがあったのかしら。それがきっかけで、精霊の声が聞こえなくなったのかも知れないわ」

「……あったかも……知れない……です」


そういえば、ハンナは昔からスキルのことで周囲から蔑まれてきたんだったな。


それがきっかけで心を閉ざし、精霊の声が聞こえなくなってしまったということか。


「なら……どうすれば……?」

「ふふっ、きっとハンナちゃんはもう準備ができているわ。ハルちゃんと仲良くできるということは、心を開いている証拠だもの」

「でも……何も聞こえない……です」

「耳では聞こえないわ。心で聞くのよ。胸のあたりに意識を集中してみなさい。そして、信じるのよ。精霊が自分に話しかけている、と」

「意識を……集中して……信じる……」


ハンナはゆっくり目を閉じると、両手を胸に当てた。




しばらくすると、ハンナの胸がぼんやり光ったように見えた。


「き……聞こえ……た……!」

「本当か!?」

「なんて言っているのかしら?」

「ずっとずっと話しかけてたって……。ハンナと話せてとっても嬉しいって……」

「やっぱり意志のある精霊みたいね。これからその子は、あなたが望むようにあなたを助けてくれるはずよ。……私ができるのはここまでかしら?」

「助かったよ、ばあちゃん!」

「ぐすっ……ありがとう……ございました……」

「ふふっ、じゃあね」


ばあちゃんはそういって念話を切った。


いつの間にか、ハンナは涙を流していた。


こぼれる涙を拭い、遠い場所にいるばあちゃんに頭を下げていた。


長年探していたスキルの使い方が分かったんだ。喜ぶのも当然だよな。


だが──


「ハンナ、本題はこれからだ。スキルを使い、あの的を破壊してみてくれ」

「……ぐすっ……やって……みる!」


ハンナは力強く頷いた。


「精霊さん……力を……貸して……! ……フローズンロック!」


的までの距離は20メートルあり、円形の的はコインほどの大きさにしか見えない。


その中心から、カチコチと音を立てて氷塊が生まれると、みるみるうちに巨大化し、的を飲み込んだ。


強烈な冷気が訓練場に流れ出し、寒さで鳥肌が立つほど冷え込む。


バギンッ!


ついに的は、氷塊の圧力で真っ二つに割れた。


明らかに魔法コントロールのレベルが上っている。


以前は的のど真ん中に魔法を発生させることなどできなかった。


その為、魔法の最大出力をピンポイントで当てることができていなかった。


だが、今はそれができる。ハンナの魔力は元々大きいから、威力も凄まじい。


驚異的な成長を遂げたな。さすがは俺のライバルだ。


「よし! やったな、ハンナ!」

「……ぐすっ……ぐすっ……! ハル……!」


ハンナは俺の方を向くと、泣き顔で胸に飛び込んできた。


「ハル……ありがとう……」


声が震えている。


子供の頃からずっとできなかったことができたんだ。喜ぶのも当然だ。


「良かったな、ハンナ」


できるだけ優しく彼女の頭を撫でた。


「うん……! ぐすっ……いつか……ハルのおばあちゃんに会いたい……。そして……ちゃんとお礼を言いたい……」

「そうか。あの様子ならばあちゃんも喜ぶかもな。いつか連れて行くよ」


俺はハンナが落ち着くまで、しばらく胸を貸したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る