第36話 禁術の使用より破壊の方が罪が重いんよ

「ハハハハッ! やっぱやることやらねえと『女』攫った気にならねえよなぁ!」


 スキンヘッドの竜騎士ドラゴンライダーは。

 上機嫌で、牢屋のあるこの部屋から出ていった。


「……ぅええええっ! げほっ! げーっほ!! あぁ……っ! がはっ」

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!? 大丈夫なのです!? 何をされたのです!? アレは、一体なんなのです!?」


 吐き出した。

 胃に残っていた、消化途中の僅かな食事も。


 吐瀉物の上で咳き込みながらシャルに、ワフウ姫が駆け寄るが。


「治療魔法!? えっと、解毒魔法!? ど。どうすれば……。お姉ちゃん!」


 混乱している。今しがた目の前で、『何』が起きたのか。理解できていないのだ。


「がふっ! うぇ……! えはっ! は! ……ぐうっ!」


 自分より年上の『お姉ちゃん』が、ただただ悶え苦しんでいる。ワフウ姫の感じた恐怖は計り知れない。


「がはっ! がはっ! がはっ! カッ!」

「お姉ちゃん……! ぅぇぇ」


 彼女も、もう限界であった。大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。


 姫として。情けない姿を晒すわけにはいかないと教えられてきたのだが。


「………………」


 シャルは。


「……初級。げほっ! ……水、魔法……」






✡✡✡






 なんとか。

 数十分掛けて、それらを洗い流し。擦り切れるほど口を濯いで。ようやく落ち着いた。

 床にある溝が、下水に繋がっているようだ。


「…………はぁ。…………はぁ。ううっ」

「お姉ちゃん……」

「……はぁっ。だい、大丈夫ですわよ。ワフウちゃん。ワフウちゃんは、何も、されていませんわね」

「わらわは大丈夫なのです。それよりお姉ちゃんが……っ」


 ワフウ姫を確認する。髪も服も、連れて来られた時以上には乱れていない。


「(……途中から意識が無くなっていましたわ。まだ口の中が……うう。最悪ですわ)」


 シャルは。

 箱入りの王女とは言え。をされたかは理解していた。

 が、間違ってもワフウ姫へ向いてはいけないと。それを強く思った。自分が被るだけならば、まだ良い方だと。


「(…………何か手を考えないと。マシュさん達の救出は考えない方向で。希望は捨てませんが、今あるものでなんとか、現状を)」


 空腹は如何ともしがたいが、頭は冴えていた。シャルは、今自分達が持っているものを今の中で洗い出す。


「ワフウちゃんは、『幻術』以外は、初級魔法5種は使えるんですの?」

「……えっ。はい。一応、使えるのです」


 彼女の出身であるマボロシ国も、魔法協会加盟国である。


「(初級魔法は全て通じない鉄の檻。こちらにあるのは後、『禁術』と『幻術』)」


 シャルは、泣きそうな表情のままのワフウ姫に、安心して貰えるようににこりと柔らかく笑った。


「『魔物寄せ』で、モンスター達にここを襲わせることはできますの?」

「……いいえ。わらわの幻術呪いは『自動発動』で『常時発動型』。強弱の切り替えもオンオフのスイッチもできないのです。……ただ、幻術呪いも魔法の一種なので、わらわの魔力が切れれば自動的に『オフ』になるのです。……今まで切れたことはないのです」

「……そうですの。ずっとオンにはすべきですわね。魔導連盟も魔術会議も、ワフウちゃんと居る時点でモンスターの脅威に晒されていることと同じですので」


 ワフウの魔力は膨大であろうが、それを徒に酷使してはいけない。ワフウの幻術が効いている内は、彼らは常に定期的に移動を続けなければならないからだ。


「(後は、わたくしの禁術。……召喚魔法を、使うかどうか)」


 シャルは。

 初めて召喚魔法を使った時のことを思い出していた。

 暗い洞窟で。護衛も居らず。出口も分からない。緊急事態だと判断し、禁術を使用。

 『一般的の範疇に収まる程度の男子高校生』が召喚された。


「(今。間違いなく緊急事態ですわ。ですが……。召喚魔法は諸刃の剣。何が起こるか分かりませんわ。今はあの時と違って、近くにワフウちゃんが居る。危険人物や爆発物を召喚してしまって、巻き込んでしまったら取り返しがつかないですわ)」


 シャルの中では、召喚魔法は選択肢から除外する方向だった。


「(であれば。…………『崩す』しかありませんわね)」


 数百年間。受け継いできた、王族の魔法。

 『禁術』として指定されてからも、脈々と。


「ワフウちゃん」

「はいです」

「……わたくしの禁術『召喚魔法』は、複合魔法なんですの」

「そうなのですか? 異界から何かを召喚するというだけではなく?」

「……そうですわ。その、『召喚するだけの魔法』と。召喚した下等生物を『洗脳』し『使役』する魔法の。3つの魔法の複合ですのよ」

「…………そうなのですか」


 複合魔法とは。読んで字のごとく複数の魔法を合わせて使い、ひとつの結果を生み出すものだ。魔術会議の定義では、魔術でもある。


 通常、複合魔法を使う際は順番に魔法を発動して組み合わせる。ヨージョなどが火と風を合わせて遠距離攻撃を行う複合魔法を得意としている。


 しかし、禁術『召喚魔法』は。

 継承する際に、『既に複合された状態』で継承する。つまり、魔法を使用すると自動的に3つが発動することになるのだ。だから、召喚されたマシュに対して用いるもの以外、個別にそれぞれの魔法を単独で使用することはできない。好き勝手に誰かを『洗脳』することはできない。あくまでも『召喚魔法』のオプションとして複合されているからだ。

 そういった種類の複合魔法の利点は、魔力の高効率と発動時のラグの少なさ、発動する魔法はひとつという手間の無さだ。


「…………その、『既に完成された複合魔法』を。分解します」

「えっ?」


 だが。

 『既に複合された魔法』を『壊してしまえば』。話は変わってくる。

 また3つに、分けてしまえば。


「わたくしは完成品を継承したので、崩してしまえばもう組み立てられません。複合の方法はもう失われましたので」

「お姉ちゃん!? それって……禁術の破壊! 魔法協会にとっても、重大な犯罪……!」

。わたくしは。もう。失うものなど、無いのですから」


 犯罪だろうと。少なくとも、不正チートを召喚して世界が滅ぶリスクは無い。

 父を。兄を。国民を。

 マシュを、思い浮かべた。

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