第30話 なにこの回

「うっ」


 痛み。全身だ。マシュ葉苦痛に歪む表情で目を覚ました。


「マシュさん」

「…………む」


 身体は寝かされている布団ごと揺れていた。ゴトゴトと奇妙な音がしている。マシュは経験と感覚で分かった。馬車か何かの中だ。


 目を開けると、見慣れた白いシニヨンヘア。

 ハクの心配そうな、しかし安堵したような表情があった。


「絶対安静です。動かないでください」

「…………む」


 寧ろ、動かそうとしても動かなかった。全身が甘く痺れているような感覚。加えて、物理的にもガッチリと固定されているらしい。


「水、飲みますか? お口、開けてください」

「…………んが」


 ハクが、水筒から水を流し込んでくれる。絶妙なタイミングで離してくれたので、溢れも咳き込みもしなかった。


「…………ごくん。俺、倒れたんか」

「はい。『魔力強化マナブースト』が切れたタイミングです。一気に痛みと疲労と……。ダメージが押し寄せたのでしょう」

「……つっ!」

「ああっ。今、鎮痛の魔法を掛けますから」


 ハクが彼の身体に触れた。優しく。今はどこを触っても痛む筈だ。最大限、優しく。


「『中級』治療魔法『発展』→『鎮痛魔法』」

「…………」


 撫でる。撫で込む。胸の辺りから、腹。そして太腿。


「…………折れとんか」

「はい。オークの猛攻を何度も防いだ訳ですから。腕や肋骨や脚、至る所でヒビと骨折があります。それと、両腕に大きな火傷」

「火傷。ヨージョ先輩のか」

「はい。本当に、凄まじい熱でした。何メートルも後ろに居た私でさえ、気が狂いそうになるほど熱かったです。終わった後、地面とか『グツグツ』言ってましたよ」

「はは……。流石ヨージョ先輩や」


 膝。脛。


「大丈夫です。この私が治しますから。安心してくださいね」

「…………おおきになあ」

「マシュさん。パーティの仲間ですよ。助けること、守ること、救うこと、力になること。『当たり前』ですから、いちいちお礼は要らないんです」

「…………」

「それなら寧ろ、私達こそ。いつも守っていただいて感謝に堪えませんよ」

「…………ほ、か」


 ゆっくりと。じわりと浸透していくように、治療魔法を掛けられる。

 心地良い。


「ここは?」

「魔法騎士団の荷車です。3台ありまして、その内1台をこうしてマシュさんに使わせて貰っています。マシュさんは騎士団を救った英雄ですから」

「いやいや……。盾構えとっただけやで」

「それでもですよ」


 狩りではなく、対等な相手との『戦闘』に参加するのは今回が初めてだった。

 剣で相手に斬り掛かるより、盾で相手を防ぐ方がハードルとしては低い。マシュは立派に初陣を飾ったと言って良いだろう。


「シャルとヨージョ先輩は?」

「シャル王女はもうひとつの荷車に。今は夜なので休んでますね。ヨージョさんは一時的に騎士団に加わって偵察や見張りなどを。今回で、騎士団も6人ほど失ったようで」

「…………」


 ハクが、マシュの脚をずっと撫で続けている。

 心地良い、のだが。


「騎士団の目的地もサイコキネシス王国らしいので、このまま一緒に運んで貰います。もうすぐ着きますよ。安全に」

「…………ほうか」


 騎士団はあの激しい戦闘の後でも、自力で治療し、既に進軍を再開している。

 マシュは自分が情けないなと思った。『訓練された騎士と自分を比べて』思ったのだ。

 もう既に、心持ちは立派な冒険者である。


「……まあ、俺は昔から『主役メイン』ちゃうからな。楽しそうにやってる奴らを見ながら、場を持たせるためにちょいちょいツッコミして」

「マシュさんの話ですか? 聞きたいです」

「…………あー。声に出とったか」


 マシュは、覚えてはいないがなんだか昔の夢を見ていたような気がしていた。もう、この世界に来てそろそろ4ヶ月が経つ。


「……今頃あっちは共通テストか。もう、無理やなあ俺は」

「テスト? なんですかそれは」

「ええと。……勉強や。学校の。良い学校入るための試験が国中同時にやるみたいなモンかな」

「凄いですね。今まで聞く限り、マシュさんの世界は魔法が無い代わりに科学が発展した高度文明社会なんですよね」

「せやなあ……。というか、それを言うなら俺かてハクさんのこと何も知らんよ。いっつも『秘密です』言うやん」

「あはは。藪蛇でしたか」

「…………なんで、付いてきてくれたん? シロさんて姉妹やろ? それ置いて。安全な支部職員ちゅう仕事も置いて。こない危険な冒険の旅に」

「…………」


 マシュもずっと気になっていた。この、優しい人は。知識もあり、真面目な人は。貴重な中級治療魔法の使い手は。何故この旅に仲間になってくれたのか。


「……じゃあ、もう言っちゃいますけど。一目惚れです」

「えっ」


 ハクは。

 その白い肌を真っ赤にして答えた。

 今は。ふたりきりだから。


「ひと目見て、ピンと来たんです。確かに『普通』でしたが、これは『将来性がある』と」

「……んん?」

「私」


 さらり。

 マシュは左の太腿に、熱を感じた。


「この冒険を経て。私の予想通り。本当に、かっこよくなりました。付いてきて大正解でした。大好きです。……マシュさんの脚」

「……………………おぉ……ん」


 真っ赤にしながら。

 とびきりの笑顔だった。

 マシュは本当に心から困惑した。






✡✡✡






「寝ていてください。無理しないで。休んでください」


 優しい女性の声に微睡んで。マシュは寝息を立て始めた。


「…………」


 男性の太いそれを眺める。


「……確かに。今回、騎士さん達の治療も手伝いました。色んな脚を見ました。確かに魅力的でした。職務と理念の為に、命を懸けて日々鍛錬する騎士団の、緻密にコントロールされた食事と訓練によって鍛え上げられた上質な脚」


 治療の間。ハクにとっては夢のような時間であったことだろう。


「ですが」


 だが。


「…………あなたの脚は。私達の為に大自然で鍛えてくれた脚です。私達を守るために強くなった脚です。……私と一緒に歩いて。私と一緒に強くなってくれた、愛しい脚です」


 本人が寝ていることをしっかり確認して。


「……照れ隠しですよ。脚も好きですけど。脚だけでこんな未開地ダンジョンに入ってまで付いてきません」


 そこにキスをした。

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