第25話 ガチ人外とのコミュニケーションはテンション上がるよね

 灰かぶりサンドリヨン

 炎竜の通名で知られるその種は、ドラゴンの中でも平均以上の巨体に、人間の弓矢や下手な魔法攻撃など一切通さない鱗と甲殻を持つ。

 肺と繋がる喉の奥にある気管で引火性のガスを作り、それを対象に向かって吐き出す。奥歯にある『着火用』の牙をカチンと合わせることで、科学的に『火炎放射』を生体兵器として可能にしている。

 山ひとつを灰にして、焼けた獲物の肉を悠々とたいらげる。

 大翼の羽ばたきで灰を舞い上げる。

 舞い散る『死の灰』の中心で咆哮を上げる最強の生物。

 灰をかぶる竜の王。


「また出ましたわっ!!」

「くそ……!」


 マシュは。

 シロイナ支部の書庫で、ドラゴンについて調べたことを思い出していた。


「待って皆! ……敵意は、無いわ」

「!?」


 ヨージョが制止を掛ける。そもそも、今戦闘になれば全員助からない。ドラゴンと戦える者はこの場にヨージョしか居ないのだ。ヨージョは3人を守りながら戦うことはできない。


 そのドラゴンは。


「………………」


 吼えも唸りもしていない。真っすぐこちらを見定めている。

 その縦長の瞳孔に、知性と理性を感じさせた。


「…………グレゴリオ、ね?」

「!」


 ヨージョが話し掛けた。竜騎士ドラゴンライダードレイクの話を信じるなら。このドラゴンは彼のドラゴンだ。そして、完全に飼い慣らされては居ない。


『……幼き「火の王」。まずは先日の非礼を詫びよう』

「!」

「ドラゴンが……!?」


 喋った。言葉を出した。

 だが、人間の言語を使用できる口の形をしていない。


「……私達の意思疎通魔法に無理矢理干渉した『念話テレパシー』です。恐らくですが……」


 ハクが、努めて冷静に分析する。他人の魔法に干渉。乗っ取り。応用。そして人間の言語への理解。これだけで、このドラゴンの魔力量と魔法能力が人類より上であることを示していた。


「……非礼ですって?」


 ヨージョが応える。


『そうだ。幼き「火の王」が南方こちらに来ていると知り、我慢できずに会いに行った若い者が居る』

「…………シロイナのドラゴン襲撃のこと」

『本来、人間の最高戦力である「魔王」には、我々の中での話し合いを待たずに会うことは禁じていた。不意の遭遇を除いてな』

「……!?」


 あの、街中でのドラゴン襲撃は。

 『はぐれ』の起こした襲撃ではなく。

 ヨージョひとりを狙ったものだった。そう、言ったのだ。


「……随分高く評価してくれてるのね。人間が人間の内輪で決めただけの『魔王』に」

『制裁はしたが、喜んでいた。噂に聞く、我らをも凌ぐ火力に飲まれて』

「…………厄介なファンね」


 つまり。彼女のファンが出待ちでサインをねだったに等しい。

 規模がドラゴンレベルであっただけで。


『…………そして、「ル家の末裔」』

「!!」


 グレゴリオは、次にシャルを見た。シャルはびくりと身体を震わせ、硬直した。

 国を滅ぼした張本人。


『「禁術」をこの世界から消し去ることは、概ねドラゴンの総意でもある』

「……!? どういうこと? 『禁術指定』だって人間が勝手に分類分けしているだけよ?」


 シャルは固まって会話が不可能だ。代わりにヨージョが疑問を口にする。


『そうでもない。我らの種族も、その禁術によって遥か昔にこの世界にやってきた。人間の分類とは多少のズレがあるだろうが、「あの規模の魔法」を我々も禁術と見なしている』


 それは、マシュもいつかハクに聞いたことだった。元々、この世界にはドラゴンは存在しなかった。

 だが、ある時『召喚魔法』によって喚び出されたのだ。

 今ではドラゴンはこの世界の生態系の一部であるが。元々は余所者なのである。


『あの規模で世界的な異変が起きると、我々にも影響が出るかもしれない。だから、同じ志の人間の組織とも盟約を結んだ』

「……『魔導』ってそういうこと」


 生態系の監視。禁術の危険性の排除。魔導連盟の理念。相互に利害が一致した時、ドラゴンは人間に力を貸す。

 そして国を容易く滅ぼす。


「…………歴史上。ドラゴンが、滅ぼした国や地域と。『禁術指定された魔法が作られたと伝わる国や地域』が。一致するんや」

「!」

「なんですって!?」


 マシュは。

 その事実を、今の今まで言えなかった。あの時調べたこと。

 ドラゴンは空から全てを見ている。禁術の所在を隠し通すことは難しい。

 シャルの遥か昔の先祖が召喚魔法を使ったことで、それがシャルの国を滅ぼす結果に繋がったということになる。


『お前が、今回禁術で喚び出された者だな』

「……そうや」


 グレゴリオは次にマシュを見た。


『ル家の末裔を恨まないのか』

「恨まんな。ほいで、禁術を『持っとるだけ』で国ごと殺されるんは流石に理不尽やと思っとる。シャルは保護されるべきや」

『今すぐル家の末裔の命を差し出せば――』

「すまん。無理や。今俺ら全員殺されるとしても、あんた目玉のひとつくらいは覚悟せえや」

『……人間は、すぐ終わる命の個体に執着する。交渉は決裂だな』


 ドラゴンの寿命は、平均して300年ほど。この世界の人間の5倍ほどである。

 そんなドラゴンが『遥か昔』と表現した。ドラゴンの召喚時期の記録など、残ってはいない。


『……ここを戦場にしたくない。すぐに姿をくらませろ。他の竜騎士に見付かるとこのような「対話」は不可能だ。わたしも、ドレイクを乗せていた場合は手加減ができない』

「…………ご忠告痛み入るわ。たとえあんたが敵でも……」


 ヨージョは。

 この対話は、グレゴリオの『慈悲』だと解釈した。


「生態系の頂点、ドラゴンと意思疎通ができた。充分よ。ありがとう」


 礼を。失してはならないと。


『……さらばだ。幼き「火の王」。「ル家の末裔」。「喚ばれし者」。そして……よく分からんが白いメス』


 バサリ。

 大きな翼を広げて、その巨体が宙に浮いた。


「なあ! えーと、グレゴリオ!」

『?』


 まだ、声は届く。マシュは叫んだ。


「あんたら、元の世界に帰りたい思わんのか!? 俺はそれを目指しとる! うまく行ったら一緒に……!!」

『……ふん。ここはわたしの生まれ故郷だ。喚ばれた当時の竜はわたしの親の親の親世代。思いは受け継いでいるが、見たこともない元の世界に帰属意識は無い。この世界で、平穏に生きる為に。禁術を焼いて回っているのだ』


 マシュの質問にそう言い残し。グレゴリオは遥か彼方の向こうへと消えていった。


「………………!」


 最後に。


「……えっ。『よく分からんが白いメス』って、もしかして私のことですか?」


 ハクがぽつりと呟いた。

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