妖怪の世界に転移して居酒屋店主やってます

高菜明太子

第1話 運命の出会い

 それは、突然起こった。


 「修也!だし巻き3、肉味噌炒め2追加!」


母親のドスの聞いた声が、店中に響き渡る。

 なかなかの声量だが、客は気になっていない。

 満卓で酔っ払い達の騒ぎ声の方が煩いからだ。

 

 「今やってるんだって、ちょっと待てよ!」


俺も負けじと言い返す。

 

 俺は今井修也いまいしゅうや21歳。

 高校、大学と出ずに、家の居酒屋をずっと手伝っている。

 俺が学生ならもう就活を始めている時期...


恐らく、このままずっと母さんと二人でこの店やってくんだろうなぁと思う。だから、やりたい事を考えたことがない。


 元々は、親父が母さんと二人で切り盛りしていたが俺が小学生の頃に他界。

 手伝いたいと思う一心で、小学校高学年から始めたこの店の手伝い。最初は常連しか来ず、なかなか生活が苦しかったが、今は平日でも開店したら30分で満卓になるという有様だ。

 

 「いらっしゃーい!」


母さんのハツラツとした声が聞こえてくる。

 

 え、座るところある?と店内を見渡してみる。


 カウンター席7つ、四人掛けのテーブル席4つ...

どこを見ても埋まっている。


 「ご新規一名さん!」


まさかの通しやがった!見えてないのか?

 こんな忙しい時に、満卓なのに"席がある"と案内したら、面倒な客は悪態ついてくるんだよ...


だし巻きを急いで巻き終え、皿に盛る。

 ダッシュで厨房から出て母さんに駆け寄る。


 「何やってんだよ、入れないだろどう見ても!満卓!忙しい時に勘弁してくれよ...まだどこも帰らなさそうだし」


「...」


まじかよ、無視された。

 忙しいのはお互い様だっての。案内するなら厨房の俺じゃなくて母さんの役割だろ...。


 苛立ちながら棒立ちしている客を見、断ろうとする。

 

「すみませんが、今お席が空いてなくて...」


そいつは、異様に深く帽子を被り、8月の真夏だって言うのに全身真っ黒のロングコートにマフラーまでしていた。顔は全く見えないが、どこをどう見ても可笑しい、怪しい。

 こんな怪しいやつ、そもそも店に入れたくもない。


 「空いとるじゃろ。そこ」


「え?」


声は老人だった。その老人が指差した先はカウンターだった。

 よく目を凝らすと...あれ?一番左奥が空いてる...。

 いや、でも満卓だったはず。

 カウンターの席は1、2、3...


一つ席が増えてる?!


 「え、あれ?うちは7席しかカウンターはないはず、え?」


「取り敢えず空いとるし、通してもらってもええかのぉ」


「あ、あぁ、はい...」


おかしいおかしいおかしい!!

 どう言うことだ?なんで席が1つ増えてる!母さんは常連客のおっさんとずっと話してるし...

 取り敢えず危なそうな奴だから気を逆撫でないようにしよ...


 老人は席に座った。俺は厨房に戻り、出せずじまいの注文された料理達を捌いていく。

 母さんは老人の方に飲み物さえも聞きに行かない。

 俺も忙しくて、注文なんて書いてる余裕はなかった。


 向こうが頼んでくるまで、何も聞かないでおこう...


そうして2時間が過ぎ、店内はかなり落ち着いた。

 空き席も多くなり、料理の注文は止まった。母さんは、まだ客と話している。


 チラッと怪しい老人に目をやる。

 いつ頼んでくるか、ハラハラしながら待っているとまさか2時間もの間、何も頼まずただジッと座っているだけだった。


 店内に入ってもマフラーも帽子も取らず、コートも脱がない。

 真夏だぞ?8月だぞ?しかも2時間も注文せず座ってるだけって...怖すぎるって!!!


 俺は恐る恐る声をかけた。


 「あの〜、何か飲まれますか?食べるでもいいし...」


「"だし巻き卵"とか言うやつと"肉味噌炒め"、あと"とろたく"をくれ!」


  おお、すごい勢いの注文...


 「お飲み物はどうされますか?」


「酒が飲みたいのぉ...この『ビール』とかいうやつを貰おう!」


ビールとかいうやつって...このおっさん(多分)ビール知らないのか?

 不味いとか絶対言うなよ〜

 この『居酒屋 今井』の提供するものは、食べ物から飲み物まで全部旨いんだ。

...とは言っても、このおっさん変な奴だから金さえ払ってくれたら良いんだけどな。


 ♢♢


 老人が全ての料理を食べ終わる頃には、もう閉店前だった。

店内の客は老人だけになり、母さんは「用事がある」と先に上がってしまった。


 昭和の音楽が鳴る店内。

 昭和生まれではないので知らない歌ばかりだが、店内は昭和の雰囲気が漂っているので合ってはいる。

『居酒屋 今井』を親父が立ち上げて40年目...

壁や床、厨房は年季が入っていて染み付いた汚れや傷がひどく目立つ。


 「あっあっ...」


老人が下を向き、肩を震わせている。

え、なんだろ怖い...突然の奇行やめてほしい...


「アッパレじゃーーーーーッッッ!!!」


 当然叫び、立ち上がり老人は両腕を上げた。


 俺は驚きのあまり座っていた椅子からひっくり返ってしまった。

  

 「なに、なに、どうしました?!」


「アッパレじゃ。こんなに上手い食い物があるなんて知らなんだ。特にこの『ビール』!お主の作る飯と最高に合っており気に入ったぞ!」


「え、あ、そこまで褒められると照れるな...ありがとうございます!」


過剰に褒めてくる老人に、俺は心底嬉しかった。

 自分の料理が人に褒められるほどやり甲斐を感じる瞬間はない。


 しかし、同時に俺は目を丸くした。


 そこには、激しい興奮でマフラーも帽子も取った老人の素顔が映っていた。

 

 老人は老人...なのだけど、禿頭に歪な頭の形、顔はちょっと不気味な顔をしたじいさんだけど、なぜだか異様に背筋の凍る怖さを感じる。


 「お主!気に入った!わしと来い!」


「え?は、はぁ?」


「お主の酒と飯を、わしの世界の者達にも食べさせてやってほしいのじゃ!」


突然の誘いに当然戸惑ってしまう。

 なにより見た目が怖すぎる。


 「わしの世界って...海外の方とか?」


「違うぞ。日本生まれ、日本育ちじゃ」


「わしの世界ってどこですか...」


店に入れなければよかった、やっぱり危なそうな奴だ。適当に流して、金だけ貰って帰らそ。



 「よし!では行くぞ!『妖怪・界』へ!!!」


 ◇◇



 「ちょっと、酔っ払ったんですか?さっきからおかしなこと言い過ぎですよ」


俺は呆れて、とうとう面倒くさくなってきていた。

 さっき見た時、時刻は閉店時間から30分を超えていた。もう1時間は超えてるんじゃないか。


 チラッと壁の方を見る。

 時刻は...


え、待ってなんかイタチ?みたいなのが都会に引っ付いてるんだけど...


目を擦ってもう一度見直してみる。


 え?どっから入ってきた?

 てかあれはイタチ...なのか?

 全身に目が大量に付いてるんだけど...

 まって、こわっキモ!


 「アレは『時計イタチ』じゃ。特に何もせん。忍び込んでは時計にへばりつくだけじゃ。」


なにそれ...


頭が追いつかない。

 

 「あの、ここ普通に俺んちの居酒屋ですよね?さっき、お客さんも一緒にいたところ」


ん?と老人がこちらを向き、ニヤっと笑う。

 先ほどまでの服装では無く、何故か着物を着ている。

 

 「先程言ったじゃろう。ここは...」




――妖怪・界!妖怪の住む街じゃ!



 えっ?

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妖怪の世界に転移して居酒屋店主やってます 高菜明太子 @pupupu112

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