恋でなければ。

菖蒲 茉耶

恋でなければ。

 これが恋ならばよかったのに。 

 恋だったなら、きっと。


 

 俺の初めての彼女は、可愛くて、優しくて、困った人をほっとかないような、誰もに好かれる女の子だった。

 まさか告白されるなんて思ってなかったし、俺なんかでいいのかとも思ってしまったけれど、今は素直に喜べる。こんな子が自分を好いていてくれることに。


 多分、普通のカップルだったと思う。

 幼馴染なんかが首を突っ込んでくるとか、実は知らないところで誰かに好かれてたとか、超がつくシスコンブラコンがいるとか、そんなこともなく、ただ普通に、たまに二人で出かけるくらいの交際だった。



 だから、ごめん。

 普通になれなくて。


 それはなんの前触れもなかった。

 SNSで一枚の写真を見つけた。とてつもなく綺麗な女の子の写真。


 目が離せなかった。

 その子のことが知りたくて、過去の投稿を漁った。どれも綺麗な写真で、見るたびに惹かれていった。


 そして、気づいてしまった。

 

「推し」だって、自分に言い聞かせることもできたはずなのに。もしかしたら恋なのかもって、罪悪感に苛まれながらも納得すればよかったのに。


 俺は、彼女に憧れていた。

 疑うこともできないほどに。


 女の子に、憧れたんだ。




「ねぇ、どうしたの? そんなマジメな顔して。……もしかして、深刻な話?」

「うん。ごめん」

「まだ何も聞いてないんだから、謝らないでよ」

 

 翌日のことだ。彼女が何を察したのかは、想像に難くない。


「ごめん、俺……憧れの人ができた。その人みたいになりたいって思えるくらい、魅力的な」

「うん」

「だから、別れて欲しい」

「君がそう言うなら別れるつもりだけど……よくわからない。誰かに憧れることなんて、おかしなことじゃないでしょ? その気持ちを持ったまま付き合うのはダメなの?」


 そうくると、思ったよ。

 昨日から思ってるし、今でも思ってる。手が震えないように、声が震えないように。


 あー、言いたくないな。

 

「俺は、女の人に憧れたんだ」

「…………」

「だから、その……うん。ごめん」


 一日中ずっと言葉を探してたけど、見当たらなかった。たとえ傷つけてでも、傷ついてでも、本当のことを言いたかった。


 ごめん。普通になれなくて。


「そう。ありがと、教えてくれて」


 振り返ることもなく去って行った。

 どんな顔をしているか見れなかった。軽蔑されただろうか、気持ち悪がられただろうか、嘘だと思われただろうか。


 そうだといいな。

 彼女が、それでもいいから、なんて言ってくれる子だと知っていても、そう思わざるにはいられなかった。

 彼女が、涙を隠すために振り向かなかったのだと知っていても、そう思っていたかった。

 


 これが恋ならばよかったのに。

 恋だったならきっと、誰も傷つけることなく、自分の性に気づくこともなく、辛くなる道を歩むこともなかったはずだ。


 あれが恋でなければよかったのに。

 恋でなければきっと、こんなに辛いことにはならなかったはずで、辛いと思わせるほど幸せなこともなかったはずだ。

 

 あー、言いたくなかったな。

 

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恋でなければ。 菖蒲 茉耶 @aya-maya

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