第1話
朝だろうか。光球をランプ代わりにしていたせいで、外の明るさがよくわからない。とりあえず小屋の外に顔を出せば、木々の隙間から朝日が差し込み、鳥たちが元気に鳴いている。なるほど、ここは本当に自然豊かな世界だ。先日まで焼かれていた火刑台は遥か彼方――というか別の世界なわけで、少し気味が悪いくらい平和な朝。
「さて、今日から本格的に新生活スタートといくか!」
私は気合を入れて伸びをする。ボロ布きれだった服は昨日魔力で繊維をこねくり回した結果、なんとかまともなワンピース状のものに仕上げることに成功した。最初は糸がバラバラに宙を踊り、謎の織物へと化しかけたが、どうにかこうにか形になった。色は……まあ、淡い緑というか、植物由来の染料っぽい感じ。ビシッと決まっているわけではないが、この原始的な森で暮らすには十分だろう。何より、前の世界で最後に着ていた薄汚れた服より遥かに快適だ。
「ほらほら、冷蔵庫(仮)も点検しておこう」
昨日、小屋の隅に作った冷気のこもる空間に顔を突っ込むと、キンと冷えた空気が鼻先を刺激する。果物がみずみずしいまま残っている。普通なら腐りそうなものだが、どうやら魔力で冷気を維持しているため、鮮度が落ちないらしい。こんなこと、あの世界で知ったら魔女狩りする連中が卒倒するかもね。火あぶりより冷蔵保存してくれた方が有益なのに、連中ときたら……。
「あー腹減った……」
魔女パワーで飽きるほど果物をゲットできるし、小川で魚を捕まえることもできるだろう。ただ、魚を捌くとか料理をするスキルはそこまでない。薬草師として植物には多少詳しいけど、肉や魚を調理するのは別物だ。まあ魔法があるから、適当に火を操って炙ればどうにかなるだろう。まずは試しに何か焼いてみよう。
森を少し歩き、適当な実を探す。昨日食べた甘い果実と似た形のものを発見し、ひとつもぎ取って口へ。甘酸っぱくて相変わらず美味。だが流石に果物ばかりでは飽きる。もっとタンパク質的なものが欲しいなぁ。卵や豆類とか、この世界にもあるんだろうか。気まぐれに魔力を巡らせて、周囲の植物に「食べられる実でもないかしら?」と念じてみると、不思議なことに木の枝がたわみ、ポロリと何かの実を落としてくる。
拾ってみると、茶色くて固そうな殻に包まれた豆のようなものだ。割ってみると、中から白い身が出てきた。恐る恐るかじると、ほんのり甘みがあり、ナッツっぽい味わいだ。へぇ、なかなかイケる。これを砕いて粉にし、焼いたら何かパンみたいなものになるのかな? 魔力で熱や水分を調整すれば、なんとかパンっぽい物体が作れそうな気がする。いや、ちょっと職人気取りが過ぎるか。とりあえず今日は簡単な朝食で済まそう。
魔力で適当に石を積み上げて簡易かまどを作り、ナッツ的な実をペースト状に練って平たく伸ばし、火球を浮かべて加熱する。すると香ばしい匂いが漂い始め、薄っぺらいクッキーみたいなものが完成。これを果物と一緒に食べれば、まあ栄養バランスはともかく腹は満たせるはずだ。
「うん、悪くない悪くない。森シェフ・ミーシャの即席クッキー、なかなかイケるじゃないの!」
独り言を言っても誰もツッコミはいないけれど、こうして前向きに暮らす方が心的にもいいだろう。
それにしても、こうして穏やかに朝食をとっていると、本当に前の世界が嘘のようだ。あの憎しみと偏見に満ちた村や人々、火刑台の絶望。それが今や霧散している。いや、忘れるつもりはない。いつかこの力で、連中を後悔させる。今はまだ時期尚早。もっとこの世界を知り、魔力を磨き上げてからだ。
「よし、今日は少し周囲を探索してみようかしら」
ずっと森の中にこもっていても情報が手に入らない。他に人間がいるのか、動物以外に知的生命体がいるのか、街や村があるのか。この世界の常識がわからないままでは、計画も立てづらい。力はあるが情報はゼロ。同じ過ちは犯したくない。
小屋の外に出て深呼吸する。清々しい空気が肺を満たす。魔法でふわっと浮いてみたり、風を操って匂いを嗅いでみたり。これが自在にできるなんて、考えただけでワクワクする。少し魔力を注ぎ込むと、周りの木々がささやくような微振動を感じる。あっちの方向に小さな泉がある。こっちには高台があって、森を見下ろせそうな場所がある。よし、とりあえず高台を目指そう。
ナッツクッキーをかじりながら歩き出す。足元はフカフカの苔と落ち葉だ。たまに小動物が走り抜ける気配がする。リスらしき生き物が枝からこちらを見下ろしているが、気のせいか目がちょっと大きく、尻尾に青い模様がある。異世界リスだろうか。思わず「おはよう」と声をかけてみると、ピョンと跳ねて逃げていく。ふむ、まだ動物との会話は無理か。
少し歩くと、微かに光が差し込む開けた場所に出る。そこは小さな丘のようになっていて、森の樹冠越しに遠くまで見渡せる。すると、遠くの方に、森の外れらしき場所が見える。平原か畑か、地形が少し平たくなっているようだ。それっぽい道路や建物は確認できないが、森だけが世界じゃないのはわかった。
「じゃあ、あっち方面に行けば、何か文明的なものに出会えるかもしれないわね」
一瞬、不安がよぎる。この世界の人々はどんな存在なのか。私のような魔力持ちは珍しい? もしここでも“魔女狩り”みたいなことがあるとしたら? だが笑ってしまう。今の私なら、逆に火あぶりにされる前に相手をボコボコにできる。そう思うと怖くはない。それよりも興味と好奇心が勝っている。
「ま、とりあえず今日は森の中でできることを色々試そう。明日以降、道具や準備を整えてから外へ出ても遅くない」
そう決めて、小屋へと戻る。戻る途中で、小さな植物を指さして、「あれを食べられる野菜に変わらないかな」などと実験し、葉っぱをパリパリのスナックに変えられないか念じてみたりする。失敗してヘンテコな塊ができたら苦笑い。こういう日常のスローライフ魔法実験は、なかなか楽しい。あの無力だった頃の自分を思えば、笑顔で魔法遊びができる今は夢のようだ。
小屋に戻り、冷蔵スペースから果物を一つ取り出してかじり、今日はどんな魔法を試そうかと思案する。建築、料理、天候操作、動物テイム、いろいろある。そうやって自然と前向きな計画が湧いてくる。もうここは私の庭だ。誰にも邪魔されない。
「力なき魔女は、もういない……か」
自分で言ってちょっと笑ってしまうが、今はその言葉がやけに心地いい。いつか外へ出て、世界を知り、そして元いた世界に復讐する。その日まで、しばらくはこの森で魔力と奇抜な発想を育て、思う存分、私らしい日々を楽しもう。
(第1話 了)
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