4_なにはともあれ!
「なにはともあれよ」
朝。登校時間……、いつもより三十分早く。
桜園学園の最寄り駅、私鉄の桜花駅で。
僕は家からの通学電車から降りて、改札から出たところで待っていた光海さんと落ち合った。
「軍資金と対人能力を得るためにも。アルバイトしなさい、正時君。できる時間的余裕はあるでしょ? 君は帰宅部って言ってたじゃない」
ふむ。他校の生徒に言わせると、意外なことに。
僕らの桜園高校は生徒のアルバイトを禁止をしていない。
校長の言うには、禁止事項は少ない方が人材というものはよく育つので。
犯罪や自分を痛めつけるようなものでなければ、よく働きよく遊べ、という方針でアルバイトを許可しているそうな。
「行くわよ? 私お腹空いたし」
そう言って、光海さんは僕を先導していって。
妙にお洒落な年季の入った喫茶店に入った。
「おはよーございます♪」
まだ空いている店内に入ると。マガジンラックからスポーツ新聞を取り、店員にそう声をかけると、四人席に向かう光海さん。僕もついていく。
「あら? 浅見ちゃん。いつもありがとうね~」
品のあるおばさまな店員さんが、テーブルに来て注文を取る。
「ブレンド。モーニングセットね。今日はタマゴサンドで頂戴、
宮坂さんというらしい、おばさま店員に注文をする、光海さん。
「はい、いつものね。マスタード多めのバター塗っておくわ。それから、彼氏君は?」
は? そんな風に店員の宮坂さんに云われて、僕はなんだか頬っぺたが赤くなるのを覚えた。いや、ちがうんだけど。違うんだけど、この状況。普通に見れば、僕が光海さんの彼氏に見えてもおかしくない。そう考えると、なんだかちょっと照れるものがあった。
「宮坂さん。私がこんな、経験不足のお坊ちゃんと付き合うと思うの?」
テーブルに置いたスポーツ新聞の競馬のページを見て。スマートホンを操作しながら。光海さんは宮坂さんにそう言うと。
「……そうね。浅見ちゃんは、いつも。年上の大人男性が好きだったわよね」
そんな事を言う、店員の宮坂さん。
「まあ、いいか。取り敢えずこの笹倉君には、コーンスープとトーストのセットでも出してあげて。それから、会計をこれで先にやっておいてね」
財布から、クレカのゴールドを出して。宮坂さんに渡す光海さん……。
なんで16歳か17歳の女子高生の光海さんが、ゴールドのクレカなんて持ってるんだろう?
「あと。時間が早いから、今なら店長が手すきでしょ? ちょっと呼んでくれない? 宮坂さん」
そんな風に言いだす光海さん。
「あら? ようやくこの店で働いてくれる気になったの? 浅見ちゃん?」
ちょっと嬉しそうに。そう言う宮坂さん。
「そうね……。そうよね。実は、私じゃなくて、この後輩君を使って欲しかったんだけど……。面倒を見る為にも、私も少しバイトに入ろうかな」
メガネをくいっと押し上げて、そういう光海さんは。そのしぐさが凄く似合っていて、まあ相当に魅力的なんだけど……。
僕は何を考え始めた?
僕と光海さんが仲が良くなって来たのは。僕が蔵山水樹さんという、大きな恋愛的攻略の目標を持っているからで。
心理の研究が、まあ言っちゃなんだけど生き甲斐と言っていた、光海さんの楽しみと一致しただけの話でなんだけど。
何を考えている? 僕よ、僕自身よ。
まさか、好みでもないメガネを掛けたこの先輩女子生徒を。
好きになり始めているんじゃないだろうな?
なんてことを自分の心に問うても、なんかはっきりした答えは返ってこない。
でも、なんだろう。
この女子と、一緒にいる時間が快くなり始めた自分には。
気が付き始めた僕だった。
* * *
「いいよ。今日の夕方から働きに来てくれよ」
「女の子にモテたいんだろ? えーと、笹倉君?」
大人な落ち着いた態度でそう言う、橋本さん。
「なんていうか、特定の相手に。モテたいだけなんですけどね」
僕が頭に手をあてて。かくかくしかじか、つまりは失恋したんですというと。
橋本さんは、右手を僕に差し出してきた。
「ん」
「え?」
「握手だ。君は男になるための第一段階。『失恋』という経験をした。だったら君はもう、私たちの仲間さ。フラれるのが怖くて、うじうじしている子供達とは一線を画す行動をした。君はモテるぞ、今後。顔だって悪くない。喋りに知性もある。この店で働いて、お客さんを相手に。対人スキルを磨きなよ」
そう言って、僕にウインクをして。
「じゃ、今日の夕方。待っているよ。笹倉君。それに、浅見さん」
自分の肩をトントンと叩くと、店の奥に戻って行った。
僕の恋愛軍師~出会いというものは不思議でさ~ べいちき @yakitoriyaroho
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