[BL]のぞきみ
中頭
第1話
「ミツ、さっきのテスト。ラストの回答って何を選んだ?」
ざわつく教室内で高松の声が妙に大きく聞こえた。屯していた俺たちの前の席にいる三ツ井が振り返り、首を傾げる。猫っ毛の髪がさらりと揺れた。
少しの間、見つめ合う二人は視線で会話しているようだった。
「Dを選んだよ」
「よし、オレと同じ。点数獲得」
「マジかよ、あそこDなのかよ。絶対にAだろ」
三ツ井の回答を受け、高松はガッツポーズをした。逆に高松の隣にいた大久保は大きく項垂れ、肩を落とす。
高松に話題を振られた三ツ井はもうすでに前を向いている。前列に居る男子生徒と会話をしていた。
俺は高松と三ツ井の間に流れた独特な雰囲気を流せないまま、三ツ井の丸い後頭部をぼんやりと眺めた。
「今回は、俺の勝ちだな。今度、奢れよ」「いや、まだ分からないだろ。この中で一番成績が悪いの、清原かもしれないし」。唐突に話題を振られ、俺は「へ?」と間抜けな声を漏らした。「ほら、こんな腑抜けた反応をする奴が、俺よりいい点数を取れるとは思わないね」と大久保が胸を張る。
「いや、俺、大久保には勝てる自信あるし」
変な考えをしていたと悟られないように、俺は鼻を鳴らした。大久保が「そんなわけ無い。勝機はまだある。俺はまだ、諦めていない」と拳を天に突き上げ、仰いだ。その様子を見て、高松は短い黒髪を掻きながら、哀れんだ目で見ている。「あるといいな、勝機」とひとりごちた高松を────いや、厳密に言うと、高松の唇を見て、俺はため息を漏らす。
どうして俺はあんな場面を目撃してしまったのだろうかと凹み、彼らの会話についていけないまま愛想笑いをした。
◇
三ツ井晶をミツと呼ぶのは、このクラスで────学校で高松颯斗しかいない。元々、小学校と中学校を共にしてきた二人は、幼馴染というものに分類される関係性だ。大人しい三ツ井と活発な高松。全くタイプの違う二人だが、高校生になった今でも仲が良い。
別に、幼馴染同士が仲良くすることはおかしいことではない。けれど俺は、通常の幼馴染以上に仲良くしている二人を目の当たりにしたことがある。
放課後、サッカー部の練習着から制服に着替え、俺は夕日が差し込む廊下を走っていた。もう殆ど人がいないそこは、やけに静かで、どこかおどろおどろしさを孕んでいる。いつもは騒がしい場所が静かなのは不気味で、不安を煽った。
俺は机の中に忘れてしまったスマホを取りに教室へ向かっていた。グゥと鳴る腹を撫でながら今日の夕食は何かと耽る。さっさと帰りたいなと思っていた俺の耳に、呻き声のような音が聞こえた。
「ん……」
それは、俺を恐怖の底に引き摺り込むには十分な声だった。ビクンと体を跳ねらせ、耳を澄ませる。
その声は、とある教室から聞こえていた。そこは、いつどのように使うか分からない場所である。ドアには幾重にも重ねて貼られたステッカーがあり、一番最新のものでは「自習室」と書かれていた。
この高校に通い始めて日は浅くないが、未だにこの教室に踏み入れたことはない。
「はっ……」
漏れた声に、再び体を跳ねさせる。
────ヤバい。俺、幽霊と対面できるかもしれない。
ドキドキと胸が高鳴った。手に汗が滲む。恐怖もさる事ながら、好奇心も頭を擡げる。
俺は薄く開いたドアの隙間から、中を見た。
「っ!」
目が眩むほどの橙に包まれた教室内で、少年二人が口付けを交わしていた。俺は後ろにひっくり返りそうになり、しかしなんとか足を踏ん張り、物音を立てぬようその場に留まった。
そこには、先程まで同じサッカー部で和気藹々と練習を共にした高松と、同じクラスの三ツ井が居た。
自習室にぽつねんと置かれた机に座った三ツ井の薄い唇に高松が舌を這わせる。三ツ井は「くすぐったいよ」と肩を震わせ、けれどまともな抵抗をしないまま、彼の舌に翻弄されていた。
何度も唇と唇を重ね合わせ、やがて我慢ができないと言いたげに高松が三ツ井の頬に手を伸ばし、包み込んだ。「たかまつ、く……、だめ、ね、帰ってからに、しよ」と唇が離れる合間に呟く三ツ井を無視し、高松は強引に舌を捩じ込んだ。震える手で高松に縋る三ツ井の目はとろんとしていて、蠱惑的に見える。
不意に、高松が三ツ井の制服を捲り上げ、手を入れ込んだ。見えた白い肌に、俺は無意識に唾液を嚥下した。「たかまつくん、続きは、僕の家にかえってから……」。喘ぎに似た声を漏らす。日焼けした手を、生白い手が静止する。
「えー。俺、ノってきたところなんだけど?」「ダメ、誰が来るか、分からないでしょう」「来ねーよ。大丈夫だって」。高松の聞き慣れた楽観的な声が鼓膜を弾く。いつも友人として聞く時とはまた違う声音に、心臓が脈を打つ。
「な? ほら……」と高松の強引さに呑まれた三ツ井を見て、そこでようやく我に返った俺は、狩人から逃れるウサギの如く、そそくさと静寂に包まれた廊下を忍び足で去る。
全身に自分でも驚くほどの汗を滲ませ、下駄箱まで向かう。やっとまともに呼吸ができるようになった。「ひっ」。勢いよく空気を吸いこみ、咽せて咳き込んだ。頭が真っ白になる中、やけに色が濃い橙が焼き付いて離れない。
────なんだったんだ、あれ。
何度も状況を整理しようと脳内で映像を再放送させる。けれど、どう辿っても同じサッカー部の高松と、彼の幼なじみである三ツ井がキスをして、それ以上の行為へ縺れ込もうとしている場面しか出てこない。
────俺、もしかしたらとんでもないもの見ちゃった?
無意識に、笑みが溢れた。人間という生き物は予想外のことが起こると笑ってしまうのだなとその時、妙に実感した。
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