01

 その日は学校がありませんでした。だからわたしは一日中、色あせたTシャツとショートパンツとはだしで過ごしていました。でもみはるさんとの待ち合わせ時間が近づいてくると、ちゃんと起きて、用意しておいた荷物を持って、それからお母さんに「みはるさんといっしょにいます」という手紙を書いて、ちゃぶ台の上に置きました。そして、家出をしました。

 家を出て、左の方にどんどん行くと、もう使われていないバス停があって、ベンチのそばにみはるさんが立っていました。光って見えるほど真っ白いワンピースを着て、むぎわら帽子をかぶり、青いキャリーケースを引いていました。まるで、「夏」というタイトルの油絵の中から出てきたみたいでした。

 ちょっと見とれてから、あわてました。時計をちゃんと見ていたし、昨日のうちに待ち合わせ場所に来る練習をしておいたので、時間には遅れていないはずでした。でも、みはるさんを待たせてしまうのはよくないことです。お母さんもわたしを叱るでしょう。

「ごめんなさい。待たせちゃって」

 みはるさんはずいぶん待ったのだろうか、こんな何もない場所で待たせてしまってどうしようとハラハラしました。でもみはるさんはにこにこ笑って、「ううん、今来たところだよ」と答えたので、ほっとしました。やっぱりみはるさんは優しいのです。

「じゃあ、しようか。家出。コニコちゃんと、私で」

 みはるさんとわたしは、いっしょに歩いていきました。みはるさんのキャリーケースがごろごろ楽しそうな音をたてました。くもっているのに暑くて、蒸し焼きになりそうな天気なのに、みはるさんだけは涼しげに見えました。みはるさんが歩くたびに、長い髪がさらさらゆれました。

 みはるさんは何も言いませんでした。だからわたしも何もしゃべりませんでした。「お母さん、何か言ってた?」とか「何持ってきたの?」とか、聞かれるかと思っていたけど、みはるさんはだまって、ちょっぴりほほ笑んだまま、どんどん歩いていきました。だから今は、何も言わないのが正しいのだと思いました。

 やがて、大きくて古いおうちがたくさんある辺りにやってきました。みはるさんのおうちも大きいけれど、この辺りではなくて、もっと駅とかショッピングセンターに近い、便利なところにあります。このあたりのおうちの人たちは、駅やショッピングセンターに行くときには、車で行くのかもしれません。途中でバス停がいくつかありましたが、待っているひとはひとりもおらず、バスも一台も見かけませんでした。

 静かでした。いつのまにかセミの声もしなくなって、車も通らず、すれちがうひともなくて、みはるさんのキャリーケースのごろごろだけがよく聞こえました。

 やがて、ちょっと疲れてきたなと思い始めたころに、みはるさんがぴたりと足を止めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る