世界的な歌姫は、世俗知らずに籠絡する。

wakaba1890

出会うはずの無い二人。

ーー2024年 3月1日 Los Angeles. 7:30 pm.


「ーーー・・This is Tiara!!」


「「「「Woooooooooh!!!!」」」」


曲の締めくくりを聴いたスタジアム一杯の観客は、ライブの最終局にも関わらず熱狂の有頂天を更新していた。


しかし、彼女の背面に位置する巨大スクリーンに映されている、彼女のアバターと彼女はスタジアムの熱に背を向けて、静かにステージから姿を消した。


そして、その日のライブを最後に、彼女は無期限の活動休止を発表した。




ーー2024年 3月12日 成田空港 3:30 pm.


「ーー・・歌手のティアラ・ラズベリー氏はLAでのライブ後、自身の公式サイトで無期限活動休止を発表し、現在に至るまでソーシャルメディアの更新も停止。活動再開の目処は立っておりません。フアンは引退も危惧しており、SNSではmiss you Tiaraが北米トレンドに乗り続けています。では、次のニュースです。日経平均株価は過去最高を....」


活動停止が発表されてから2週間弱経った頃、東の小さな島国でも世界的な歌姫である彼女の引退危機報道がされていた。


「誰?ティアラって、」


「あー、kicktokで聞いたことあるかも」


「ふーん。」


しかし、流行の最先端を走っているはずの日本の女子学生達はどこ吹く風といったように、英語圏ほどの興味関心は無さそうだった。


そう、その当人が直ぐそばにいるにも関わらず.....


(....あっぶないぃ...)


椅子を一つ挟んで彼女達の会話を聞いていたティアラは帽子を深く被り直し、胸を撫で下ろしていた。


(まさか、本当に日本ではそこまでの熱はないのね...)


日本ではライブを行なっていなかったのもあったが、マネージャーの言う通り日本と英語圏とでは地理的にも文化圏的にも距離があったのは事実であった。


「....ha....」


ふと、時計台の時刻を確認するも待ち合わせの時間までは30分程あり、いつもならSNSで時間を潰すがスマホ断ちをしているためそうもいかず、時間を持て余していた。


「.....」


サングラス越しに辺りを見渡していると、外国人観光客はもちろん散見したが自分もその内の一人に溶け込んでいるせいか、誰もこちらに気付く気配はなかった。


14歳にデビューしてから、今日に至るまで作曲活動や、ライブツアー、個人での配信活動や慈善活動など過密スケジュールをこなしてきたが、勿論そんなのは成長途中の心身が持つわけがなく、無事に活動休止に至った。


初めの数日間は、何かしなければという焦燥感に駆られていたが、スマホやネットから距離を取ったお陰か、こうして旅行に来れるくらいはメンタルが回復した。

これからの事は正直まだ決まってないが、のんびり日本観光でもして熱りが冷めてから復帰しようかと画策していた。


(...あぁ、こういうどうでも良いことを考えるのも久しぶりかな)


初めはただ、私の歌でみんなを喜ばせたかった。


なのはずなのに、事務所やスポンサーなどの関わりもあって、テレビやネットメディアでの露出が増えて、身に覚えのないゴシップや熱愛報道、アンチコメント、他の業界人からの酷評を無差別に浴び続けた結果


ついには作曲が出来なくなってしまった。


そして、年度末のライブを最後に無期限活動停止を発表し、今に至った。


「....hah」


これまでの経緯を振り返った彼女は、さながら考える像のように手で顎を支え地面を見つめながら小さなため息を吐いていた。


「....スゥ」


すると、そのため息が荷物一つを挟んで隣に座っていた同い年くらいの男の子に聞こえていたのか、彼は鬱陶しそうに読み耽っていた本を膝に置いて、静かに息を吐いた。


「!....a..sorry。」


「ok, ok」


隣に人が居たのを失念するほど思い耽っていた彼女は、すかさず謝罪したが、おそらく日本人である彼は適当に相槌をしながら、ヘッドホンをつけて読書を再開した。


(...何この人。)


自分に非があるのは承知の上だが、スーパースターである彼女からしたら彼の態度は少々気に入らなかった。

ただ、空港でたまたま隣に座っただけの人に気を取られる必要はないと、彼女もまた積読山から採掘した本を取り出して自分の世界へと入っていった。






「ーー・・Attention please...this is..」


「.....。」


運が良いのか、日本特有なのか無事に誰にもバレることなく沖縄行きの飛行機に乗ると、隣の席はさっきの感じが悪い同い年くらいの男の子だった。


「「.....。」」


さっきの事もあってか、互いにまさか同じ便で隣席することになるとは思いも寄らず、気まずい空気が流れていた。


(...うぅ、こうなるんだったら、さっきの断れば良かった....)


『ーー・・申し訳ないのですが、あちらの親子連れの方と席を交換して頂けないでしょうか?』


『もちろん、大丈夫ですよ。』


普段から親切な彼女は二つ返事でそれを承認したが、今回はそれが裏目に出てしまった。


「「.....。」」


「....あの、さっきはごめんなさい。」


そうこうしているうちにも気まずい空気が流れ、流石にこの空気のまま数時間フライトするのはしんどいため、彼女から先の謝罪が行われた。


「!...あ、あぁ。」


彼女が日本語が喋れることに驚きながらも、彼は彼女の謝意を受け取った。


「...俺もその、すまんかった。適当な態度をしてしまって...」


「プッ....適当な態度って...」


素直に謝られた彼はバツが悪そうに強いての落ち度を詫びたが、彼女はそれよりも彼の言い回しにツボっていた。


「なっ、悪いかよ....」


予想外の反応に彼は居ずらそうに目線を逸らした。


「いえ、えっと...」


「あ、自己紹介がまだだったな、俺は若狭 義隆。4月から高校生。あんたは?」


呼び名で困っていたのを察した、彼は一応の自己紹介をした。


「へぇー同じ年代なのね!私は....ティアラ・ラズベリー。よろしくねヨシタカ」


彼女も続けてセルフトークをしようとした時、偽名を使うべきか一瞬迷ったが、変に正直な彼女は勇気を出して本名を明かした。


「あぁ、よろしくな。ティアラ」


「っ...え、えぇ」


空港の待合席で隣り合った時もそうであったが、ティアラは本名を聞いても顔を突き合わせても一切こちらを知っているような素振りがない彼に新鮮さを覚えていた。


「?....ティアラは一人旅なんか?」


「え、あ...いえ、マネー...友達が予約の手違いで先に着いててね」


「ほー、それでため息ついてたのか」


移動時間に友達と話す無駄話が旅行を彩る。とかんなんだとか小説で得た知識から、彼は勝手に納得していた。


「あー、それはまた別のかな」


(...やば、地雷だったか?)


地雷をかすった気配を感じた彼は、別の話題に切り替えようと思案したが、ふと彼女の方を見ると涙を流さずに泣いているような酷く何かを常に堪えている表情をしており、思わず言葉が溢れた。


「....別のって?」


「!...ちょっと、長くなるかもだけど良い?」


「あぁ」


マネージャーや両親など今では限られてしまった信頼できる人には、何度も話してきたがある種、自分とは全く違う世界に住む人には話した事がなかったため、意を決して主語を誤魔化して話す事にした。


「私じゃなくて友達の事なんだけど、その子はそこそこ有名な人で初めは好きでやっていた事が、有名になるにつれて社会的な義務になって、それで今では好きでやっていた事が手につかなくなったらしくてね。彼女はそれが虚しくて、心にぽっかり穴が空いた感じで.....どうしたらいいか....」


「.....。」


目を僅かに伏せながら静かに聞いていた彼は、すぐに何か言うてもなくじっくりと答を考えていた。


「あ....ごめんなさい。初対面の人に話すにはちょっと、重かったわね。」


それが芳しくないと思ったのか、彼女は少し悪いことをしたかと思ったが、それは直ぐに覆された。


「俺は実際にそういった経験がないから何とも言えんが、人々の支えになっていた事が一時的に出来なくなっても、今までやってきた事は決して無くならない。」


「.....」


気だるそうにしていた彼の瞳は一転して真っ直ぐに彼女を射抜き、彼の一点の曇りのなき事実に基づいた言葉は彼女の心に響くのには十分過ぎていた。


そして、彼は続けた。


「それに、それだけの事をしてきたのなら、少しくらい休むのも必要だろ。ゆっくりバカンスや何でもない日常を過ごして、それに飽きた頃には再開できるだろ、まぁ、知らんけど」


社会的な義務と呼べる程の活動となれば、かなりのエネルギーとそれに付随してクールダウンの時間が必須であろうし、数ヶ月か一年休めば自然と活動に気が向くだろうと、彼は普遍的な観点から説いていた。


「.....」


すると彼女は今の現状ばかりを考えてしまい、今がダメなら今までもダメと無意識に決めつけていたのに気付かされ、鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしてあっけらかんとしていた。


「?」


「ふっ....hahahahahaha!」


彼女の様子にクエスチョンマークを浮かべていると、程なくして彼女からは満天の笑みが溢れた。


「???」


突然の事に彼はさらに動揺をしていたが、お構いなしに付き物が少しとれたような表情をした彼女は予備動作もなく彼にハグした。


「なっ、え....」


「....ありがとう。ヨシタカ。」


「え、あ...お、おう。」


欧米らしい距離感バグってるスキンシップ?かと無理に納得していたが、それ以上にハグされた状態での両手の置き所に迷っていると、一泊程度で彼女は離れていった。


「ヨシタカは何か悩んでいる事ないの?」


「何だ急に」


いきなりハグしてきては、どしたん話聞こうか?みたいなフローで切り返してきていた彼女に彼は何処か一歩引いて見ていた。


「私ばっかじゃ、アンフェアでしょ?」


「と言われてもな...」


見ての通り彼女とは対照的にただの一般人のため、何のストレスもない肌がピカピカな額の中で彼は最近の悩みを探していた。


「......家のドアの建て付けが悪い事だな。」


「.....ぷっ...hahahahaha!ヨシタカって面白いのね」


強いての悩みを絞り出したら、その何でもなさに彼女は例え嵐が来ていても空が一瞬で晴れるような笑顔を浮かべていた。


「....いや、まぁまぁ困ってはいるんだが...」


実際、日常生活を行っている家でないにせよ、引き戸の建て付けが悪いせいで作業拠点が外に派生してしまいそこそこに困っていた。


「え、あー...ごめんなさい。確かにそれは不便ね...」


流石に無用意に笑い過ぎたと思った彼女は少しシュンとしながら、実際に家に帰る度にドアの建て付けの悪さにイラッとするのはしんどいと想像共感していた。


「まぁ、とにかく。俺はそれくらいだな」


「.....」


先の彼の率直で普遍的な意見もそうだが、彼女は何でもない日常を生きている彼の空気を心地よく感じていた。

しかし同時に、彼の実直さに反して、自分の素性をはぐらかしている事に後ろめたさを感じていた。


「....ヨシタカは、音楽とか何を聴くの?」


待合席でもヘッドホンをつけていたため、そこで彼女はまぁまぁのジャブを打つ事にした。


「いや、あんま聴かないな」


「え?じゃあ、さっきは何を聞いてたの?」


「耳栓代わりだよ。何も聞いてない。てか、音楽自体あまり聞かない。」


「え、そ、そうなの?」


「あぁ、耳の残るとウザいからな」


「えぇ....」


スマホを開けばそこら中で音楽が聴き放題の時代でも、彼はそう言ったのには疎いのは事実だったが、彼女はそれが信じられない様子だった。


「ヨシタカは、80年代からタイムスリップしてきたの?」


「ふっ、何だそれ」


「えー、だったら・・ーーー」


その後、様々な質問を投げかけていくうちに彼の興味範囲が限定的過ぎる事がわかり、本当に彼は彼女、ティアラ・ラズベリーを知らない世界に居た事がわかった。


自分のことを知らないというのはかなり新鮮な事で、それもあってか彼女は沖縄に到着しても終わりがあるのをかき消すように話し込んでいたが、早くも別れの時が来てしまった。


「ーー・・そのカバンだけなのね。」


「まぁな」


最大サイズのスーツケースを持っている彼女とは反対に、彼は登山用の少し大きめのバックのみであった。


「.....じゃあ...」


「あのっ、良ければ何だけど....一緒に沖縄....」


「あー悪い。俺乗り継ぎなんだ。」


そうして、ターミナル出口付近に差し掛かった彼は別れの挨拶をしようとしたが、彼女は食い気味に彼の腕を掴んで引き留めようとしたが、無情にも彼の事情に阻まれてしまった。


「え、あ...そ、そっか」


彼女は仕方ないにせよ勇気を出した誘いが断られて、わかりやすく落ち込んでしまった。


「まぁ、なんだ...またどっかで」


「あ、うん!またどっかで!」


それを見かねた彼は少し小っ恥ずかしそうに拳を突き出し、彼女もそれに応えて彼の拳に突き合わせて、それぞれの道へと別れて行った。


大好きな事が出来なくなってしまった、彼女は世俗知らずの男との何でもない時間で心の中にあった空回りな楔が少し融和し、歪められてしまった彼女の運命の歯車は確かに少しずつ動き始めていった。


きっとこれから先、彼女と彼はまた出会うことはないだろうが、ティアラは彼との時間を忘れず、彼の言葉を時折思い出しながら、彼女の歌声が人々を照らす光となり続けるだろう。



完。










ーー2024年 4月5日 Tokyo 10:30 am.


「・・え、お前吾妻中なん?じゃあさ、九条先輩知ってる?」


「あの人、ちょっとかっこ良くない?」


「うんうん。彼女とかいるのかな...」


春休みに両親から卒業旅行として、"エベレスト登頂"をプレゼントされた彼は何とかスペシャリストのチームに協力してもらい春休みを丸々使って成功し、ギリギリ高校の入学式に間に合ったのも束の間、絶賛孤立していた。


そして、世界最高峰の山すら晴れてしまうような、窓から見える春一番の青空から偶々同じ飛行機に乗り合った彼女、ティアラ・ラズベリーの事をぼんやりと思い返していた。


未だに何故あそこまで話が弾んだのかは分からない。ただ、あの時間は一人で何かに熱中している時とは違う心地よさがあった。


「・・でさ、この曲って...」


「え、うっそ?」


きっと、彼らは仲の良い友達か、恋人とあの時間のような青き春を満喫するのだろう。

そして、そこには自分が....まぁ、どうでも良いか。


SNSを殆ど触らなくなってから、本を読むようになり変に知識をつけてしまってか、自分がそういった浮ついた事に興味がないとわかりきっていたので、すぐにその線の思考をやめた。


「....はぁあ...ふぅ...」


そして、一ヶ月にも及ぶ登山の疲労残りと、時差ボケが直っていないのもあったので、アイマスク代わりの帽子を被ってノイキャンのヘッドホンをつけて完全に寝るモードに入った。


『ーー・・hahahaha、ヨシタカってホント変ね』


なんで今、あの時を....


『...ふふっ、かわいいわね。』


時間にしてみれば数時間くらいだろ、何でこんな...


『もっと、早くヨシタカと会えたらなー』


彼女の空が青く晴れる、満天の笑みが忘れられない。


そもそも、俺は...


トントン


「・・んぁ...悪い」


肩を優しくトントンされ、隣の席のやつがホームルームの時間を知らせてくれたと思い、目を擦りながらヘッドホンを取り顔を上げた。


「.....は?」


「Yaho、来ちゃった。」


すると目の前には、御伽話の世界からそのまま出てきたようなブルーサファイアすら霞む瞳に、春の太陽に見染められ黄金に輝く彼女がいた。






ーーーーーーーーーーー

ティアラ・ラズベリー

出身 イギリス

178cm 65kg

12歳にデビューしてから、今までミュージックチャートのランキングを独占していた。

今は休養中。

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