その2


 受付から離れること2日。中央に丸テーブルのある広場を見つけた。床がもこもこのカーペットで、靴を脱いで頭から飛び込んだ。毛糸の感触に身体がびっくりしたのがわかる。やわらかい刺激が脳をついてくる。

 足を伸ばす。腕を広げる。身体の疲れが感じないことに、まだ心が追い付いてないことがわかった。ここならしばらくいたっていいな。

 目線だけ上げると、書架の陰から一人の女性が顔だけのぞかせていた。音を立てすぎたみたい。こんにちは。ああどうも。司書さんを思い出すきっちりした服装を見て、意識的に背筋をピンとする。

 彼女の眼はどこまでも深くて、吸い込まれそうになる。

「何かお探しですか」

「ここから出るための本を探してます」

「FLXD40339という棚にありますね。スキップでもしていれば、あと19年と363日ほどで着くと思います」

「やっぱりあるんだ」



「じゃあ、ここに迷い込んじゃったと」

「そうです」

「このまま歩いていけばお目当ての本のもとへ着くとはいえ、大変ですね」

「ここいると疲れないじゃないですか。おなかも減らないし。なら平気かなって」

「精神的にまいっちゃう方もいる中で前向きになれるのはすごいことです」

「そうですか」

「よければお供に本を探しましょうか。ここにある本なら何でも探せますよ」

「途中に、プログラミングが勉強できる本は見つかりますか」

「ないですね」

「……」

「……」

「そうですか」

「代わりと言ってはなんですが、『最短で行くな、アウトドアキャンプに不必要なもの8選』『火星探索に役に立つ5つの必須事項』『0@3040¥^¥¥%%6の夜』がお勧めです」

「……」

「人の歴史本って見たことありますか?」

「ないですね」

「その人のすべてが書いてあるんですって。試しに自分の本の場所を伝えるんで、読んでみてください」

「ありがとうございます」

「司書として働いてるとしか書いてないかもしれませんけど、面白かったら教えてください」

「そうだ、ここの図書館の本ってありますか」

「なんなら道中にありますよ。そんな遠くじゃないですね。ここまっすぐ行って405個目の道を右、20個目を左にある本棚にありますよ」

「ありがとうございます」



 彼女は休む時だけ丸テーブルを使っていた。見ている限り、うろうろと歩きながら本を読んでは近くの本棚に戻すを繰り返している。私の見ているところで、カーペットに座り足をテーブルに乗せることもある。たまたま周期がかぶってしまったなあ。

そしたら、彼女はここに戻ってくることはなかった。そんなものだ。お願いした本はあっさりと見つかった。自分もここに慣れてきたみたいだ。

 結果、読めない文字だったので諦めた。正確には、中途半端に読めるので、持っていくことにした。どこにって、どこにでも。

 ここは図書館。多分、すべてを記憶しておく場所。それ以外の用途はない。じゃあ誰がなんのためにって、それ以降は読めない。便利な場所なのになあ。

 図書館にいる時間が長くなるにつれて、外の気配を感じるようになった。といっても、朝が来たとか雨が降ってるとかその程度で、普段と紙の感触が違ったり、気持ち程度にあったかい日だと感じたりと微々たるものだ。この図書館の外があるのか、それさえわかってないし答えもないけど、そうだといいなと思う。

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