山々の噂(大和三山のお話)
三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)
山々の噂(大和三山のお話)
奈良の大和三山が並ぶふもとの村に、観光に訪れた男がいた。彼の名は星野。都会の喧騒に疲れ、静かな場所で心を癒そうとやってきたのだが、どうにも落ち着かない。村の人々がやたらと山について話すのだ。
「耳成山の声を聞きましたか?」
「ええ、昨晩も畝傍山がため息をついていましたよ」
「天香具山は今日も静かですねえ」
何を言っているのか分からない。星野は興味半分で村人に尋ねた。「山が喋るって、本当ですか?」
すると、村の老人が答えた。「喋るわけじゃない。山々は『感じる』ものなんですよ。畝傍山は力強さ、耳成山は優しさ、天香具山は知恵を持っている。それが分かる人には、山が何を言っているか理解できるんです」
星野は苦笑した。「山のエネルギーを感じるなんて、スピリチュアルな話ですか?」
老人は目を細め、「まあ、試してみなさい。きっと何かが見えてくる」とだけ言った。
その夜、星野は畝傍山のふもとを訪れた。山の中腹に、奇妙な光が揺れているのを見つける。「なんだあれは?」と呟きながら近づくと、ふいに足元の石が青白く輝きだした。それは滑らかで模様が刻まれた奇石だった。手に取ると、指先が熱くなるような感覚が広がり、耳元で声が聞こえた。
「私は畝傍山の力。困難を乗り越える力を授けよう」
星野は驚いて手を放したが、次の瞬間、山全体が揺れ、低い音が響いた。「これは夢だ、幻覚だ!」と叫びつつ、山を駆け降りた。
翌日、耳成山を訪れると、同じようなことが起きた。光る石が現れ、今度は優しい女性の声が響いた。
「私は耳成山の癒し。心を軽くする力を分け与えよう」
星野はまたも逃げ出したが、天香具山にたどり着いたとき、不思議なことが起きた。三つ目の光る石が現れ、力強い声で語りかけた。
「三山の力を揃えれば、真実が見える」
三つの石を集めた星野の目の前に、幻のような景色が広がった。そこには、緑豊かな古代の村があり、人々が笑顔で助け合いながら暮らしていた。都会で忘れていた温かさが胸に迫り、星野は呟いた。「これが、本当の幸せってやつか……」
幻が消えると、三つの石も跡形もなく消えていた。村に戻った星野が老人にその話をすると、老人は静かに笑った。
「やっぱり山が語りかけたか。それで、何を学びました?」
星野は少し考え、答えた。「……都会には、耳成山みたいな優しさが足りないんだ。天香具山の知恵も必要だ。そして、畝傍山の力があれば、未来を切り開ける気がする」
老人は満足そうに頷いた。「あんた、山の声が聞ける立派な人だよ。村の者は皆、そうやって山々と話して暮らしてきたんだ」
星野はその日から、都会に戻ると決めていた生活を見直すことにした。何かに追われるような日々を終わらせ、自分の「力」「癒し」「知恵」を育てる暮らしを始めようと。
それ以来、彼の耳にはどこか懐かしい山の声が聞こえるようになったという。
山々の噂(大和三山のお話) 三分堂 旅人(さんぶんどう たびと) @Sanbundou
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