死んだ世界より、最愛のあなたへ

色葉充音

死んだ世界より、最愛のあなたへ

 人類が滅亡して100年。あなたが消えて100年。あなたがつくったわたしの日常は変わらない。


 澄んだ青と茜色のグラデーションの高い空に、白い月が浮かんでいる。それは、歪な世界を壊したあなたみたいに、わたしの役目を待っていた。


 どうして世界を呪うねがうのか、そう問うたとき、あなたはわらっていたね。世界が僕を隠そうとするからって、笑っていて、咲っていて、嗤っていて、そんなあなたを理解できてしまうわたしは冷たい涙を流していた。


 はぁ、と吐く息は白く、吸い込む空気はつんと刺さる。

 触れてしまったらぼろぼろと崩れてしまいそうなコンクリートのかたまり、割れたアスファルトとそれに這う枯れたツタ。人の手から逃れ、自由を手に入れた君たちは幸せなのかな。自由と共に手に入れたのは「死」だなんて、よくできた世界だ。


 生きるものが役目を失ったとき、「死」というものは訪れる。死んだ世界は茜色に照らされた白銀に包まれていた。


 わたしは消えゆく太陽から背を向け、東に向かって歩き出す。足跡を付けた白銀はやっぱり死んでいた。

 たった十歩だけかもしれないし、一万歩進んだのかもしれない。背中の方で太陽が消える。


 その瞬間、世界は深淵に飲み込まれた。


 夜の闇とも違う、「死」を運んでくる世界。境界ともよばれるここは何度来ても慣れない。いや、慣れることができない。


 いつの日か慣れてしまったとき、わたしは死ぬんだ。死にたがりのこの世界と一緒に。でもまだ死なない。まだ死ねない。

 さあ、月よ照らして、夜よ昇って。この世界に静寂と安息を連れてきて。……願わくばわたしを殺して、わたしをあなたのもとへ連れて行って。


 目を開くと夜が始まっていた。月は真上に在り、満点の星が輝いている。炎の光も電気の光も、100年前で当たり前だったものはない。でもやっぱり君たちは変わらないね。無邪気にも無関心にもただわたしを見ている。


 音と温度を失った世界で、全てを諦めた世界で、わたしは壊れた時計の歯車を回す。夜を連れて、朝が来て、夜を連れて、朝が来て——。

 無理矢理世界に呼吸をさせる。


 それがあなたの呪いねがいだから。最愛のあなたの呪いねがいだから。


 このクソみたいな世界が永遠と続いてたらなぁって、そうしたら呪いねがい続けられていたのになぁって。壊した世界のかけらをかき集め、そう溢したあなたの涙はわたしのそれと違ってあたたかかった。


 さあ、また今日を始めよう。

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死んだ世界より、最愛のあなたへ 色葉充音 @mitohano

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