無課金ガチャでSSRのSランク美少女勇者を引いた俺は、最強の剣を携えて電脳空間で無双する

紫葉瀬塚紀

第1話 依存症の男

 出ろ!


 出ろ!


 出ろぉぉぉーーっ!!


 シャリィィン キュルルゥーン


「ハァイ、マスター!アタシに目を掛けるなんて中々やるじゃな…」


「オメェはもう間に合ってるんだよ!」


 親の顔程見たキャラが画面に現れ、ラストチャンスのガチャが盛大な外れに終わった瞬間、俺は怒りに任せて握っていたスマホを思い切り壁目掛けて投げつけた。幸い手元が狂った為、投げられたスマホは積み上げられた布団にのめり込み、大破を免れた。


「詰んだ……」


 給料日までまだ一週間あるのに、手持ちの金は全て使い果たした。銀行口座にもガチャを回せるだけの貯蓄は残っていない。

 冷食とカップ麺の在庫はまだあるので食う方は問題無い。しかし…

 課金ガチャが出来ない状態を一週間も我慢するなんて……


 地獄だ!


 魔王打倒まで後一歩に迫るが、それを遂行するにはパーティーメンバーをランクアップさせねばいけない。ガチャを回しランクアップしたメンバーを引くのが必須になる。

 その為に金を注ぎ込めるだけ注ぎ込んで、お目当てのメンバーを狙って来たが……

 願ったメンバーでない顔触ればかりを引き捲る不幸。それでも魔王打倒が出来ない訳ではないが、やっぱり推しのキャラをランクアップして挑みたい。そんな心境でガチャを回し捲って、気が付けばこの有様だ。


「明日からどうしよう…」


 大学を出て社会人デビューして約一年、暇な時間は全てスマホゲームの課金ガチャに費やして来た。もう体の隅々までガチャ体質になっている。

 あの当たりかハズレかでドキドキする緊張感が無いと出勤する気にもならない。ここまで来たら完全な依存症患者だ。

 翌日死ぬ思いで何とか会社に出向いたが、終日ボーッとして、イージーミスを何度も繰り返した。

「まるで別人だぞ。何があった?」

 と上司に言われたが

「課金ガチャが出来なくて調子が出ないからです。お金貸してくれませんか?」

 なんて言える訳も無し。それが更にフラストレーションを溜める事になった。

 帰宅途中でも無意識の内に小さい長方形の板を手に取り、その表面を親指でなぞる。画面には掃いて捨てる程のスマホゲームが溢れかえっている。クソ、それなのに一文無しの俺には何の手も打てない。


『初回サービス期間限定特典!無課金ガチャでSSRのSランク美少女勇者GETのチャンス!』


 帰宅途中の電車のシートに座り、死んだ魚の目でスマホの画面を追っていた俺の視界に、上記の宣伝文句が飛び込んで来た。

 ゲーム自体はよくある異世界冒険モノで、パーティーメンバーと共にモンスターを倒して世界を救う、という内容らしい。

 普段なら気にも止めない広告。だが課金ガチャ強制停止中の俺には、無課金ガチャでもスリルが味わえそうな内容が刺激的に思えた。

 給料日までコイツで食いつなぐか…。そんな軽い気持ちで深く考えぬままインストールした。


『カーハミラー戦記 伝説のソード』


 スマホの縦型画面にタイトルが写し出され、予想と違わぬ古風な中世感を漂わせた景色が広がった。

 解説役風の美少女が出て来て

「貴方はモンスターに支配されたこの世界を救う為…」

 と語り出したが、正直どうでもいい。俺はただガチャ回しのスリルとワクワク感を味わいたいだけだ。細かい過程はスッ飛ばし、メインのSランク美少女キャラ目当ての無課金ガチャに早速取り掛かる。


 が、そのシステムが曲者だった。目的となるSランク美少女GETのガチャを回す為には、魔宝石とやらが一回につき十個必要となり、それを手に入れるには通常なら課金をするのだが、無課金の場合、まず魔宝石を集める為のガチャを回す所から始めなければいけない。

 無課金ガチャ一回で手に入る魔宝石はランダムで一個から最大五個。引きが良ければ二回回して、Sランク美少女勇者獲得に挑戦出来る。ツキが無ければ十回回す事になる。 


 タダ程高い物は無い、とは正にこの事だ。普段なら相手にもしないだろうが、この時の俺は完全に禁断症状に冒されていた。


 電車内でインストールしてから、気付けば自宅内で座り込んでガチャを回し続けていた。何という恐るべき集中力。よく事故に遭わず帰宅出来たモノだ。


 もう何回回したかも覚えてない。魔宝石の数を確認した俺は、軽く百回近くに到達しているであろうSランク美少女キャラ獲得ガチャに挑んだ。


 画面の左上に魔法のランプの様な物が出現し、その注ぎ口から黄金色の液体が画面下に流れ落ち、みるみる内に人型に変形して行く。

 電車内にいた時から何度も見せられた演出が写し出された。足、腰、胸と人物像が形成されて行く。


 それを目で追っていた俺の脳内に閃光が走った。

 このビジュアルは…、広告に出ていたSSRのSランク美少女勇者…。遂に…当たったのか ! ?


 と、その時。


 ビィカァァァッ!!


 直視出来ないくらいの眩い白い光が、スマホの画面から発せられた。思わず目を覆う俺。次の瞬間、しなやかな細い指がスマホを持つ俺の手首を掴んだ、と同時に凄い力でグイッと前に引っ張られた。


 ! ?  ! ?   ! ?


 眩し過ぎる怪光が収まり、正気に返った俺が恐る恐る回りを見回すと、スマホの画面にあった神秘的な世界が、そのまま周囲に広がっていた。


 そして、同じく画面で見たSランク美少女勇者が微笑みながら隣に立って、座り込んでいる俺を見下ろしていた。


 

 

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