私は料理が作れません!
浅野エミイ
私は料理が作れません!
……困った。
「ごめぇん。お母さん、転んで骨折しちゃった」
「…………」
母親が手を骨折した。何が困るって、私は一切料理ができないのだ。掃除や洗濯ならまだしも、料理はちょっと。家庭科で包丁を握ったら次の瞬間流血しているレベル。味の調節も下手だし……。
でも、悲観することはない。今のスーパーはお惣菜が豊富だし、コンビニ弁当もある。レトルトの食品だって、冷凍食品だって。これで晩御飯は大丈夫。朝ごはんはパンでもかじっておけばいい。そう油断していたのが失敗だった。
「あっ、明日はお弁当の日だ!」
うちの中学校は、いまだ給食が出る。だけど、たまに『弁当の日』というのがある。どうしよう。思い出したのが夜の十時。近所のスーパーは閉まっている。お弁当用の冷凍食品は買えない。
参ったなぁ。私の友達はお弁当の日になると、結構自分で作ってきたりするんだよね。今まで私は見栄を張って、お母さんの作ったお弁当を自作と言ってきた。大好きな川上くんにも。「料理うまいな!」なんて言われ、嘘で調子に乗っていた自分が憎らしい。
あぁ、この嘘がとうとうバレるのか……。絶対笑われる。川上くんにも軽蔑される。
「くっ、笑われるなら、徹底的に笑われてやる! 私のお弁当は赤いきつねだぁぁぁ!!」
「え、カップうどんにするの? お湯は?」
心配するお母さんに、私は言った。
「お弁当の日は粉末スープ用にお湯は用意してもらえるの。だから心配ないよ」
「そう、でもお弁当くらい自分で作れるようにならないとねぇ」
「できなくても、赤いきつねはおいしいじゃん! お弁当がカップうどんなんて子、少ないし! これなら『今回はネタ』って誤魔化せるし!」
「……見栄を張るのはやめたらぁ?」
お母さんはのんきに言うけど、私の「料理がうまい」という仮面を決してはがさないためにはウケ狙いでカップうどんを持ってきたという『話題性』で勝つしかない!
そして翌日――
「え……赤いきつね?」
友達が、私のきつねちゃんに注目する。うっ……みんなすごいお弁当。でも、赤いきつねだってこだわりのだしを使っている。おあげだって大きいし、お弁当においしさでは負けない、絶対。
「うん、カップうどんをお弁当にするのもいいかなーなんて」
本当は料理ができないから代わりに、なんてことは絶対言えない。苦笑いしてお湯を入れようとポットの前に行くと、川上くんが後ろから声をかけてきた。
「奇遇だな、吉野。俺もカップ麺なんだ。しかも赤いきつね」
「本当?」
川上くんの手には、赤いきつねがあった。
「お揃いだね!」
「俺のはでか盛だけどな?」
川上くんが白い歯を見せて笑う。こんな偶然、あっていいの? 好きな人と同じものを同じ時間に食べるなんて……最早これはお弁当を手作りしたって嘘をつくよりもいいんじゃない?
「あ、でもお前、料理くらいできるようになれよ。見栄なんて張るなよ」
「な、なんでそのことを……」
「お前のことならわかる、なんとなく。それに見栄なんて張らなくて、俺は……」
えぇっ!? 今なんて言った? 私のことはわかる? 「俺は……」のそのあとは!?
「ほら、麺伸びるぞ? さっさと席戻れよな」
照れくさそうに言うと、川上くんも席に戻っていった。彼の台詞に私はきゅんきゅんしっぱなし。これは、赤いきつねが運んできてくれた幸福なのでは?
「何にやにやしてるの? そんなに好き? 赤いきつね」
「うん、大好き!」
大好き。赤いきつねも、川上くんも。
不思議そうにする友達だけど、そんなことお構いなしに私はおあげにかぶりついた。
私は料理が作れません! 浅野エミイ @e31_asano
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