駅のホームの赤いきつね

浅野エミイ

駅のホームの赤いきつね

 秩父鉄道熊谷駅のホームには、お菓子や軽食が売っている自動販売機がある。そこになぜか並んでいる「赤いきつね」が、私はずっと気になっている。

 なんでこんなところに赤いきつねが? 駅のホームだ。お湯はないし、箸もない。ベンチはあるけど、お湯も箸もなかったら食べることはできないのに。

「昔、ホームに立ち食いそばがあったみたいだよ」

 そう教えてくれたのは、高校の友達。昔って、どのくらい前だろう。でも、立ち食いそばの代わりにあるのが赤いきつね? それってずいぶん雑じゃない? だってお湯がないんだよ? しかも改札の外にはうどん屋があるんだよ?

 不思議に思って約1年。冬の寒い時の学校帰りだった。私はいつも通り秩父鉄道を使って家に帰ろうとしていた。

お夕飯、どうしよう。今日はお母さんが出かけていて、自分で夕飯は準備しないといけない。こんなに寒い日はシチューとか温かいものが食べたい。そう思ったとき、目に入ったのがベンチ前の自販機に佇んでいた赤いきつねだった。

 うどんもいいかも……。だけど、こんなことなら最初から改札前のうどん屋で食べておけばよかったな。でも、時間はない。もうすぐ電車が来ちゃう。ただでさえこの路線は電車の数が少ない。見逃すわけにはいかない。

こんな場所にある赤いきつね。まさか自分が買うとはね。私は自然と自販機にお金を入れていた。

 家に帰ると私は着替え、さっそくリュックサックの中からホームで買った赤いきつねを取り出した。これが熊谷駅ホームの赤いきつね……。私以外にも買う人はいるのだろうか? でも、私みたいに夕飯に困った人がもしかしたら買っているのかも。だからいまだに自販機なんかに置かれているのかもしれない。

 お湯を注いで5分間。冷え切った手でフタを触ると温かい。ああ、早く食べたいなぁ。普通の赤いきつねと味が変わらないことはわかっている。普通の赤いきつねと違うのは、普段からずっと気になっていた『自販機の赤いきつね』ということだ。なんだかわからないが、わくわくする。

 5分経って、フタを開けると鰹節のおつゆとお揚げのほんのり甘い香りがする。ごくん。つばを飲み込むと、私は箸でお揚げをおつゆに沈めてからうどんをすする。うーん、おいしい! すきっ腹っていうのもあるかもしれないけども、気になっていたものを食べる喜びというのだろうか。なんかいいよね。

 うどんをおつゆに絡ませながら、私は熊谷駅の赤いきつねをしっかりと堪能する。

私以外にもきっと、熊谷駅の赤いきつねに想いを馳せる人はいるんだろうな。そんなことを考えながら――。

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駅のホームの赤いきつね 浅野エミイ @e31_asano

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