第3話 望みのヒミユ①

ゴクエンのサトがザックさんにゲンコツ落とされてぶっ倒れた時、あたしは「またか…」と思った。飲みかけのエールに目を落とすと、ヤツが出しかけたデカい火の玉が消える時の揺らぎが水面にちらりと映って、少しキレイだ。不発の火球が放った余波によって夕方の冷え込みが和らいだのだけは、あの細っこい”異世界勇者”殿に感謝してやってもいい気分だった。


少し前、クソデカ猪ジャイアントボアを仕留めた時の集まりで、ザックさんがあたしに教えてくれたことがある。

「”異世界勇者”な…あいつ等はコツを覚えればイノシシよりも簡単だ」

あたしの頭ほどもあるジョッキで蒸留酒を煽る禿頭のボスは、とは言えないもののいつもより口数が多かった。

やっこさん、何か知らんがこっちの世界をゲームだと思っている節がある。大砲打ったりブツブツ呪い掛けたりする間、俺らが口開けて待ってると思い込んでるんだな」

そこをこう行ってこうよ。ジェスチャーを交えて教えてくれた動きが、サトを昏倒させたのとそっくり同じだった。

喋ったり技を出す準備をしている間にスタスタ歩いてってゲンコツ。バタン。

この2年で10回くらい見ただろうか?相手が出すのが黒雲だったりモンスターが出そうな召喚陣だったりはしたが、それだけ。ワンパターンすぎて、申し訳ないが面白く無かった。


「しかし、何で皆して店の中でぶっ放そうとするかね?怒られるに決まってるでしょ…」

エールを一口飲んで呟いたあたしに、目の前で骨付き肉を齧る男が目を向ける。

「ああ~、何か「どいつもこいつも『目に物見せてやる!』って息巻いてんだよ」ってザックさんが言ってたぜ。知らん奴ばかりの所に行くとそうなるのはちょっとわかる」

「そのモノマネ似てないわよ、マサ。てか他人事みたいに言うなよ」

「ハハ…お恥ずかしいッス。あとヒミユちゃん、できればマサトって呼んで~?」

「うるさいよ

「そっちだけで呼ぶヤツ!…まあ良いけどさあ」

バツが悪そうに酒を口に運ぶゆるい男も、かのゲンコツの被害者の一人である。

3年ほど前、今も腰に下げている剣でテーブルを真っ二つにしようとしたが、ザックさんの鉄拳の餌食となった。

異世界勇者こいつらはほぼ全員喋ってる最中に上から殴られるから、名乗りが途切れて奇声になることが多い。

で、恥ずかしい事にそれにちなんだあだ名で呼ばれるのだ。サトも、この街で生きるならそうなるだろう。


そう、この山と森に囲まれた小さな街「ウィリブ」には、このように頻繁に異世界の住人が現れる。

森側の路から変な服を着て現れるヤツは9分9厘「それ」なので、見張りを立ててこの酒場に誘導するのだ。というか、「冒険者ギルドだよ」と言うだけで喜び勇んでやってくる。何かそういうルールというか慣例?みたいなものが頭にあるらしい。ちょっと聞くとみんな興奮して早口になるので、興味の無いあたしはその話題に触れないようにしているけれど。

も前にテンプレがどうとかって言っていて結構気持ち悪かった。


とにかく、ギルド「小池の大魚」ではそういう奴を"異世界勇者"と呼び(ザックさんが最初の方に出会った奴が喜々として語った呼び名らしい)、もれなく増長している勇者殿に現実を教えてやり、仕事をさせるのだ。

まあ、元々冒険者になりたいと言ってここに来る連中だから結果は同じような物だろう。

そんなことをつらつら考えていると、目を覚ましたらしいと我らがボスが向き合っているのが目に入った。すぐ近くのテーブルで会話をしている物だから、ギルドの酒飲みどもがガヤガヤ言っている中でもボスの良く通る声が聞きとれた。


「なあ坊や、上を見な。総ギギスの美しい木目の屋根が焦げちまってる。

おまえが得意げに出したグズグズした色の火の玉のせいだ、そうだろ?」

「はい…」

「ここは俺らが冒険の拠点にしながらやってる酒場でな、それは大事に使ってるんだ。思い入れもある…自分の家みたいに思ってくれてる奴も多いんだ。それをお前、腕試しとか言っていきなり丸焦げにしようとしたわけだ。俺も慌てて止めるってもんだ。わかるよな?

痛かっただろうが勘弁してくれ」

「はい…」

「まあ幸い焦げちまっただけだ、修理賃だ賠償だとは言わねえさ。

だが歴史と愛着のある建物をキズもんにされて、はいさよならって訳に行かねえよ?なに、ちょーっと滞在して仕事をしてくれりゃあ俺らも仲間だ。

あの焦げ跡も酒飲み話の肴になるってもんだ…なあ、

「はい…。」


すんなり決着したっぽいな。最後に凄む声は、長年連れ立っているあたし達でもぞっとする様な響きだった。

小虫の鳴く声で相槌だけ打っていた異世界勇者殿が、更に一回り小さくなった錯覚を覚える。

毎度この場面だけはちょっと可哀想だな…ま、悪いようにはされないよ。


彼の事はまた改めて仕事仲間として紹介されるだろう。

一旦注目するのをやめて、あたしは今日の日替わりメニューに匙を付ける。

丁度食べたかった肉の煮込みの味に頬を緩ませつつ、目の前のとの酒飲み話に興じる事にした。

ちょっと独特かもしれないが、これが我らがギルドの日常の1ページである。

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