山頂、バス停留所

浅野エミイ

山頂、バス停留所


 僕は秩父でバスの運転手をしている、市街地は割と普通に運転できるんだが、何せ向かう先は山頂。毎日緊張の連続だ。上りはアクセルをふかさないと落ちてしまうし、狭い道、一車線だったりする。しかも、曲がり損ねたら崖の下だ。日光のいろは坂も急カーブだけど、ここはもっと道幅が狭い。

 それなのに車の通りは多いし、上でやっている工事の大型車両なんかも通る。道は譲り合い。こちらは車体の長いバスだから、後ろから来たスピードの出ている普通車に追い抜いてもらったり、大型車両とすれ違うときに先に行ってもらったりする。

何よりも乗客の安全が第一。そして、崖からこの大きな車体を落とさないように上って。はっきり言って、神経がめちゃくちゃ削れる運転だ。テクニックと勘、そして緊張感。いい加減何年もこの路線を走らせているんだから慣れたいのだけど、慣れてしまったら終わり。この『緊張感』がなくなったとき、きっと大事故につながるだろう。現に普通の車での事故は多発している場所なんだから。

 市街地から1時間くらいバスを走らせて、11時25分頃。やっと山頂に到着する。そこで乗客を降ろすと、僕はお昼ご飯にありつく。今日は、赤いきつねだ。

 バスの中は暖かいが、山頂に着くとやっぱり肌寒い。緊張感をほぐすには、やっぱり温かい食べ物が一番だ。山頂の駐車場にある事務所。そこは山頂を一般車両で訪れる人たちの駐車スペースにもなっているから監視員がいるのだが、僕はここでいつも休憩を入れる。

「今日も混んでますね」

「観光シーズンですからねぇ」

 たわいもない会話をしながら、フタを開け、粉末スープと七味を取り出すと、スープをふりかけてカップにお湯を注ぐ。鰹だしの香りかおあげの香りか。甘いにおいが鼻をくすぐる。この赤いおきつねさまは、小さい頃から僕を虜にして止まないな。

おきつねさま――ここの山頂にはオオカミを奉る大きな神社があり、乗客はお参りをしているのだが、そういえば稲荷信仰ってオオカミ信仰仰から来たって話も聞いたことがあるな……。

 僕が食べているのは赤いきつねだけど、この山を守るオオカミさんよ、どうか今日も無事故でいられますように。そんな願いを込めてささっとうどんを食べると、バスに塩をまきに外へ出る。

 上りより下りのほうがスピードが出て危ないからな。余計に気を引き締めないと。バスに塩をまくのはこの神聖な山頂へ無事来られた感謝と、帰りの交通安全を祈るためだ。

 こんなに神経をすり減らされる仕事なのに、なんでずっとやっているかって? それは――春は緑、秋は紅葉が最高に美しい場所を走り抜ける快感もあるけど、やっぱりお客さんの「ありがとう」が聞きたいからなんだろう。

 ほっと一息ついた。午後も頑張ろう。

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山頂、バス停留所 浅野エミイ @e31_asano

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