七五三は忙しいっ!
浅野エミイ
七五三は忙しいっ!
今日は息子の七五三。
しかし息子の機嫌は最悪だった。朝早く起こされて、袴を着付けてもらっているときもずっと不機嫌。写真を撮るときも不機嫌で愚図っていて、これからお参りだというのに前途多難だった。
「あなた、今日のランチなんだけど……」
「あっ! 予約するの忘れてた!」
「はぁっ!?」
イライラしていた私は、運転中だった夫をにらみつけた。ちょっと、ランチの予約を忘れていたなんて、こんなハレの日に何をやってるのよ。
「ごめん、ここのところ仕事で立て込んでて……ママがやってくれればよかったのに」
「私は写真館と神社の予約って言ってたでしょ!」
「ママー、これいつまで着てるの?」
「今日一日。我慢できる?」
「えぇ~!!」
まずい、子どもは着物に疲れている。それに、もうすぐお昼ご飯の時間。ご飯を食べさせないと、確実に阿鼻叫喚が待っている。
「あなた、とりあえず近くのコンビニに寄って!」
「了解」
こうなりゃお参りの前におにぎりかサンドイッチを食べさせるしかない。コンビニへ到着すると、息子を連れて店内へ入る。本当は車で待っていてほしかったんだけど、「ぼくも行く!」と騒がれてしまい、このざまだ。
「何食べたい? おにぎりでいい?」
「これ!」
うっ……。なんでこんなときに赤いきつねを手にするの~!? ああ、カップ麺なんて教えなきゃよかったなぁ。息子はうどんが好きだ。それで、忙しいときについ赤いきつねを食べさせてしまったものだから、彼は甘いお揚げとおつゆに魅了されている。
だからって、着物のときに汁物、しかも車の中で食べるのにこれはまずい。
「他のにしなさい」
「やだ! きつねさんがいい! きーつーねーさーん!!」
参った……。駄々っ子モードだ。着物を着ているのに、コンビニの床でじたばたされたら困る。仕方ない、細心の注意を払って、妥協するしか私には手がないのか。
コンビニで私と夫の分はおにぎり、そして息子には赤いきつねを購入し、お湯を入れさせてもらうと、車に戻る。
「あれ? 赤いきつねにしたの?」
「うん!」
息子は嬉しそうだ。本当は赤いきつねの調理もしたがったけど、さすがに我慢させた。お湯を使うし、万が一借り物の着物に汚れが付いたら目も当てられない。
夫の分のおにぎりを渡すと、私は5分間の間にささっと自分の食事を済ませる。赤いきつねを置いた、膝が激熱なのは根性で我慢。
大体5分、経っただろうか。フタを開けると、蒸気がもわっと出てくる。
「うわぁ……」
目をキラキラさせる息子。ママはそんな息子の感動に構っていられないのですよ、ごめんね。
「ママがあーんするから。熱いから気を付けてね」
「うん!」
着物の襟もとにティッシュを挟んで、うどんをふーふーすると、息子の口元に運ぶ。
「おいしい?」
「おいしい!!」
笑顔は100点満点だ。この笑顔を写真館で撮りたかったのになぁ。あとから言っても遅い。私は息子の口に、お揚げを運ぶ。おつゆがしみているから、熱いかもしれない。……大丈夫そうだ。一安心。
「もう、こんなことになったのは、あなたがランチを予約してなかったからよ?」
「ママ、怒るなって。メイクが崩れるぞ」
「……もうっ!」
夫はのんきに2個目のおにぎりを頬張っている。あなたは車を運転しているだけだからそんなことが言えるのよ、と言いたいのを我慢する。
息子がうどんを食べ終えると、私はおつゆを飲む。体が冷えていたから、赤いきつねのおつゆが温かく感じるけど、ここからもまた戦場だ。
神社で祈祷中、息子がじっとしていられるかどうか。今日一日、私の気は張り詰めたままだ――
「……母さん、その話毎回するのやめろよ」
「いいでしょ? あんたが赤いきつねを食べてると、思い出しちゃうんだから」
夜。あのときから10年。息子は受験生になり、今は夜食で赤いきつねを食べている。キッチンにいるのを見かけて、思い出話をしていたところだ。
息子がひとりで赤いきつねを食べるところを見る度、「ああ、成長したな」と実感する。
七五三。当時の私にとっては大変な一日だったけど、赤いきつねを食べている息子を眺める今は、健やかに育ったなと一安心する時間でもあった。
七五三は忙しいっ! 浅野エミイ @e31_asano
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