あいつのお揚げは一枚多い
浅野エミイ
あいつのお揚げは1枚多い
期末試験が近い。俺は友人の紺野と一緒に、チャットを使ってネット勉強会を開いていた。
勉強会と言っても、教え合ったりするのではなく、お互いがサボらないように監視し合うというようなもの。
……だったんだが。
22時過ぎた頃だったろうか。今まで静かで、たまに咳払いやイスのずれる音くらいしか聞こえていなかったのに、何かガサゴソと音がし始めた。紺野のやつ、飽きたな?
スマホの画面を見てみると、紺野がいない。トイレだろうか。そう思って気にせず勉強を続けていたのだが、そのときパタンと扉の閉まる音がした。やっぱり離籍していたか。まぁトイレ休憩くらいするだろう。だが、そんな予想は大きく外れて、「ずぞぞ」と何かを啜る音が聞こえ出す。紺野のやつ、何か食ってる? またスマホを見ると、見覚えのあるカップ麺。『赤いきつね』だ。
「……お前、勉強に飽きたの?」
「いや、腹へっちゃって。空腹だと集中力切れる」
「腹がふくれても眠くなるだろ? そもそも夕飯食ったんじゃないのか?」
「夜の赤いきつねは別腹だろ」
そういう問題ではないが……。俺は気にしないように勉強に戻るが、やっぱり紺野の麺を啜る音が気になる。スマホで紺野の顔を見ると、本当にうまそうに食べているもんだから余計に。
俺が立ち上がると、紺野が笑いながら言った。
「おっ、お前もお腹へったのか?」
「うるさい。お前が食べてるからだよ。俺も何か保存食漁ってくるわ」
キッチンのカップ麺置き場に向かい、何かないかと漁ると、あった。こっちも赤いきつね。 粉末スープと七味の袋を開け、お揚げの上に振りかけると、ポットのお湯をその粉末がかかったお揚げにうまく滑らす。こうしないと、粉末スープが盛り上がってしまい、フタについてしまうのだ。内側の線のところまで入れると、箸をフタの上に置き、自室に移動する。
相変わらず、紺野は赤いきつねに夢中だ。
「お前も赤いきつねにしたの?」
「ちょうどあったからな」
「でもそれ、スーパーで買ったやつだろ?」
「ん? そうだけど」
「ほら見ろよ」
紺野はスマホを食べかけの赤いきつねの上にかざす。歯形が付いているお揚げだけど……あれ? 2枚入ってる?
「赤いきつねって、お揚げ2枚になったのか?」
「いや、これはコンビニ限定版。スーパーのやつは普通に1枚だよ。残念だったな!」
くっ、自慢したくてわざわざ見せたのか。まぁいい。そろそろ5分だ。
俺も赤いきつねの紙フタをめくると、甘い魚介系のいい香りが部屋に充満する。湯気でメガネがくもるので、おでこにずらしてまずはお揚げにかぶりつく。お揚げをかじると、つゆがじゅわっとあふれこぼれる。染みている証拠だ。
空腹というわけではなかったが、とてもうまく感じる。
「なんか、すげぇうまく感じる」
「だろ? やっぱりテスト勉強中、夜中に親の目を盗んで食うってところが余計うまさを引き立たせるんだよ。しかも今夜はお前という共犯者がいることだしな!」 「なんだ、それ」
紺野の言葉にツッコミながらも、「確かに」と共感する。
学生であるから感じられる小さな幸せ。それが、テスト期間中の深夜の間食なのだろう。俺は、たっぷりとおつゆの染み込んだお揚げをじっくりと味わい、紺野はスープを全部飲み干す。
この幸せはきっと、学生である今しか感じられないものなんだ――
あいつのお揚げは一枚多い 浅野エミイ @e31_asano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます