卒業、総代

浅野エミイ

卒業、総代

 明日。いや、日付変わって今日は、卒業式。私は卒業式で卒業生代表として答辞を読む。

 いつもより早起きして、現在朝の3時。早すぎ? ううん、袴に着替えるし、メイクもある。答辞の最終練習をするにはちょうどいい時間。だけどその前に朝ご飯を食べたい。と言っても目覚めたばかりだし、料理をする余裕はない。あるのは――コンビニで買っておいた、緑のたぬきだけ。これでいいか。

 電気ポットにお水を入れて沸騰させると、私は寝ぼけ眼で緑のたぬきのフィルムを剥がす。フタを半分開け、中の袋を取り出すが、うっかりして七味を先に天ぷらへ振りかけてしまった。いけない、いけない。まだ寝起きだとかは言い訳にならない。今日はしっかりしないと。

 天ぷらを一度取り出し、七味をおそばのほうへかけ直すと、もう一度カップの中へ粉末スープと一緒に入れ、お湯を注ぐ。指に着いたスープの粉を、はしたないとわかっていても舐めてしまうのは、だしの味がおいしいから。私の悪いくせだ。

 3分の間に、今日読む答辞の原稿を音読してみる。……途中で噛まないといいんだけど。読みながら、学生時代の思い出を、ひとつふたつと思い出す。それと、今日ともに巣立つ友達のこと。この学生時代は人生の中で濃厚な時間だった。部活で県大会に出たこと。英語の弁論大会。あとは、テストや文化祭。これらが『今』から『思い出』へと変わる日。それが、卒業を迎える今日だ。

 3分経った。フタを開けると、カップから湯気が立っている。コンビニ限定の分厚くなった天ぷら。普段の緑のたぬきは何度かおつゆに沈めてすぐに柔らかくしてから食べるけど、今日は特別。限定品だし、サクサクなままで。天ぷらの中に入った小エビと青のりの天かすの香ばしさ。そして、少しおつゆがついた部分のだしの味。鰹だしのおつゆを口にしてから、おそばへ。そばの風味が口の中に広がり、舌が喜ぶ。あぁ、おいしい。

 緑のたぬきを食べながら、原稿の文字を目で追う。何度も何度も練習した。これが学生時代最後の大仕事。ミスは許されないけど、緑のたぬきの温かさが、緊張を少し緩和させてくれる。

 はぁ、おいしかった。


「この緊張感も、『学生時代の思い出』になるのか」


 そんなことをつぶやきながら、私はおつゆを最後まで飲む。今日、初めて私は自覚する。

 学生時代は幸せだったのだと――。

 

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卒業、総代 浅野エミイ @e31_asano

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