子ども食堂のヒーロー
浅野エミイ
子ども食堂のヒーロー
小さいとき、子ども食堂にお世話になっていた。子ども食堂は、大人は500円お金を払わないといけないが、子どもは食事が無料だ。
子ども食堂に来る子には色々いて、貧乏な子どもももちろんだけど、ただ友達が来ているから一緒にという子もいた。僕は前者。うちはお金がなく、食費が捻出できない。シングルマザーの母は市の制度とか使っていたみたいだけど、幼い僕にはまだよくわからなかった。
僕が通っていた子ども食堂は、フードパントリーと言って寄贈された食品を無料で提供するというボランティアも行っていて、僕は月2回、土曜日に子ども食堂で食事をしたあと、フードパントリーからお米や食材をもらって家に持って帰っていた。
しかし、子ども食堂が『食堂』から『弁当制』になったある日のこと、事件は起きた。僕がいつものように食堂へ向かうと、普段以上に多くの子どもたちがいた。なんでも親が在宅ワークになって忙しく、食事が作れないとか、親の仕事がなくなってしまったとかで利用する子どもが増えたらしい。
僕は弁当を配給する列に並んで、自分の番を待っていたのだが、運悪くその日は僕の前で弁当がなくなった。
え? こんなことってある? 僕の今日のお昼ご飯、抜き? お昼ご飯というか、夜と二食にわけて食べていたから、夜も抜き? そんな……。
「ごめんね、僕。お弁当なくなっちゃって……どうしよう? ちょっと食材とか探してみるけど……今日は使い果たしてしまったと思うのよね」
子ども食堂のおかみさんが謝るが、小学生の僕はお先真っ暗。悲嘆に暮れていた。食事がない、食事にありつけないってこんなに惨めなことだったのか。もう空腹と悲しみで涙が出そうだった、そのとき——。
「俺の弁当でよければ」
「いいの? あなたがお昼抜きになっちゃうわよ?」
「いいんです、俺のほうが大人ですから」
弁当配りのボランティアをやっているお兄ちゃんが、僕に自分の弁当を渡す。
「いいの?」
「ああ、よく噛んで食べろよ?」
おかみさんから聞いている。弁当配りのボランティアの高校生たちも、貧困家庭だって。ただ、同じような境遇の子どもたちの力になりたいから、弁当配りのボランティアをしてくれているって。
「でも……」
僕は躊躇した。僕がお兄ちゃんの弁当をもらったら、お兄ちゃんが食事抜きになってしまう。ボランティアの仕事もあって、お腹がへっているだろう。そんな人からもらってもいいのだろうか?
「ごめんね。今探してきたんだけど、これしかなかったわ。高木くん、お弁当の代わりに赤いきつねでもいい?」
「それで十分です。ありがとうございます」
「……」
赤いきつね。おかみさんは、お兄ちゃんに赤いきつねを手渡す。お兄ちゃんに頭を下げて、僕は弁当をもらった。
僕にはこの一食の出来事が、大人になった今でも忘れられない。同じ苦しい境遇においても、弱いもの——他者を思いやることをしたお兄ちゃん。あのお兄ちゃんみたいになりたくて、僕も中学に入ってからはボランティアに参加した。
そして今は、無事高校を卒業し、役所の『子どもの未来相談室』に勤めている。こうして無事勤め人になれたのは、あの子ども食堂があったからだ。
「あれ? 山村さん、今日のお昼ご飯は赤いきつねですか?」
「ええ、まぁ」
手にしていた赤いきつねを、同僚女性に見られると、少し照れ臭くなった。赤いきつねは僕のヒーローが食べていたものだから。
赤いきつね。今は初心に戻りたいときに食べている。あのときのお兄ちゃんに、今も感謝しながら——。
子ども食堂のヒーロー 浅野エミイ @e31_asano
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