第2話 闇に生きる部活

「で、ここは何の部活なの? ……歴史研究部? じゃなさそうだよね」


 美香は目を輝かして壁の書架を見回していたが、闇部活の活動内容まではすぐに察知できない様子だ。俺はそっぽを向き、黙して語らずを決め込んだ。


「闇部活……進学校の敵とみなされる内容だから、闇に潜ったのよね。歴史……戦争の歴史? ……PTAに知られちゃいけない歴史の勉強……」


 美香は推論を立てていく。

 と、その書架の一角に、モロ、答えを見つけた。


「……ゲーム?」


 俺はうなだれた。

 隠しようがない。目の前の書架は、ありとあらゆるゲームで覆い尽くされていたのだ。そこにあるのは、この世界で最も不当な評価を受けながら。最もゲームとしての本流であるジャンル。古式ゆかしいボードシミュレーションゲームである。


 この闇部活で扱うのは「戦史」のシミュレーションがほとんどである。いわゆる「ウォー・シミュレーション」と呼ばれるものだ。中には経済や政治を扱ったシミュレーションもある。そして、ほぼ全てがボードゲームだ。


「シミュレーション……」


 おそらく呆気にとられているのであろう。小さな声で、そうつぶやくと、じっとその書架のゲームを丹念に眺めていた。


 そのまま数分くらい経ったのではないだろうか。

 沈黙に耐えられなくて、こっちから声をかけようとしたときだった。


「むふん♪」


 美香が振り向いた。


 いや、実際にはむふんとは言ってないのだが、その顔は明らかに「むふん♪」顔だったのだ。不意を突かれた俺は、かけようとした声を呑みこんだ。

 美香の長い髪が再び柑橘の香りを部屋に漂わせる。


 どうせ、馬鹿にしているのだ。

 ゲームにウツツをヌカス、ダメ高校生。

 北校の一般的な倫理感では、そう映るはずだ。

 この先、美香とすれ違うたびに「ゲームヲタ」と呼ばれ、軽蔑されるのだろうか。


 いや。俺はいい。俺は我慢できる。

 闇部活の存在を公にされることのほうが、まずい。


「すまん。よしみだ。このことは秘密にしてくれまいか……」


 俺は屈辱にまみれて哀願した。他に方法がない。


「もっちろーん」


 おお。意外とあっさりと、美香は了承してくれた。

 持つべきは友。小学校からの付き合いだ。

 美香はこちらが引くほど不気味にニコニコと笑っている。


「じゃあさ、先輩達がもうすぐ来ちゃうから、そろそろ出てってくれない?」


 俺も、雰囲気を合わせて、にこやかに提案してみた。


「ううん。待ってる」


 おお。意外とあっさりと、美香は……提案を拒否した。


 待ってる? 何を?


 文脈からは「先輩を待つ」としか受け取りようがない。

 いや、誰が聞いてもそうとしか考えられないだろう。


「ちょっと……困るよ。それは。だって先輩達は」


 その時だった。

 キィと隠し戸が音をたてた。

 俺はゴクリと言葉を呑み込んだ。美香もまた、戸をじっとみつめている。

 ドアの外の実験室に気を配りながら、ひとりの大きな学生が、背中を向けたままお尻から入ってきた。


 身の丈は一八〇センチを超える巨体の持ち主は、見紛うことはない。「温厚巨人」こと二年生の可児先輩だ。


 可児先輩は、音をたてないようにドアの蝶番を手で押さえながら、戸を閉めた。


「ふぅ。なんか外で人の気配がしたけど、気のせいだったよ」


 と俺のほうを振り返り、きょとんとした。


「藤吉君、どしたの? なんで縛られて……」


 可児先輩は俺の視線をたどって、部屋の一隅に美香を見つけ、そして絶句した。交互に俺と美香をみつめ、口をパクパクしている。


「こんにちは」


 美香が明るく可児先輩に挨拶をした。


「ここここ」


 言葉の出ない可児先輩は、ニワトリのようになり、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 その後ろで、再び隠し戸が開いた。


「おい。可児、突っ立ってんなよ。奥にいけよ」


 押し殺した声で、可児先輩の背中を押すその声は、「突撃隊長」、いや、いまや「鬼福島」という名で全国に名を轟かせている同じく二年生の福島先輩だ。


「なぁ、夏の大会のエントリーって、いつまでだっけ?」


 可児先輩の背中を押して中に入りながら、可児先輩と同じように呑気に俺を見て、


「ははは。藤吉、なにしてんだよ?」


 と言った直後、背後の美香の姿を見つけた。


「こんにちは」


「……」


 一発で思考不能に陥ったらしい。顔から一切の表情が消えている。

 再び、隠し戸が開いた。今度は人よりも先にノートパソコンが現れた。


「昨日のさ戦闘判定だけど、計算式、簡単にできるようにさパソ……。おい、入口で立ち止まんなよ! 二人とももっと奥に入れよ!」


 三人目の二年生だ。

 二年生はこれで全部だ。声の主は「似非貴公子」加藤先輩だった。

 ぐいと立ち止まる二人を押し、加藤先輩は硬直した。

 俺よりも先に美香をみたのだ。


「こんにちは」


 美香の挨拶に加藤先輩は一言も返さず、痛いほどの緊張と苦しいほどの沈黙が過ぎて行った。季節外れの汗が額から流れた。


「……女人禁制」


 と一言いうと、顔面蒼白の加藤先輩は白目を剥いて気を失った。


 すかさず可児先輩が手を差し伸べ、危ないところでノートパソコンを救ったが、加藤先輩は床に側頭部をしこたまぶつけた。


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