ラフレシアの巣
たんぼ
プロローグ
雨がアスファルトの道路を濡らしていた。所々にできた水溜まりが、街灯やパトカーのランプを写していた。水溜まりに落ちる雨の雫が水面を打ち、波紋が広がっていく。その度に、水面に写った光の景色が歪む。
その少し向こうに人だかりができていた。人々は口々になにが起こったのかささやき合っていた。スマホで動画を撮る者もいた。野次馬の目には大破した乗用車と、乗用車に激突されひびが入った電柱、そしてその傍でぐったりと倒れて動かなくなった女性が写っていた。仕立ての良い衣服は体内から流れ出た血で赤く染まっている。夜空から降り注ぐ雨が、血を洗い流し、赤い川を創り出していた。
「な、なにがあったんです!?」
白衣を着た男が大声を上げながら人混みをかき分けて事故現場へ乱入しようとする。
「落ち着いてください!ここから先は立ち入り禁止です」
制服を着た体格の良い警官が男を止めた。
「婚約者なんだ!俺は!」
「そ、それは…………」
「!嘘だろ。おい…………」
見慣れた愛おしい女性の姿を男は視界に捉えた。
男は警官の制止を切り抜け、冷たくなった女性の傍に駆け寄った。
「おい。しっかりしろ!なあしっかりしろって!」
何度も呼びかけるが返事はない。下腹部の一部が潰れている。彼女を傷つけた車は電柱にぶつかり沈黙していた。運転手は向こう側で事情聴取を受けていた。
彼女の体が冷たいのは、降りしきる雨のせいだけではなかった。
彼女は死んだのだ。車の衝突を直に受けて、電柱と車に体の一部を圧し潰されたのだった。
男は、女性の名前を、何度も、何度も呼び続けていた。壊れたオルゴールのように、消え入りそうな声で何度も呼び続けていた。次第に、二人の思い出が溢れ支離滅裂な言葉となって男の口からついて出た。そうしていれば、彼女が目を開けてくれるのではないかと信じて疑わなかった。しかし彼の言葉に応える者はいなかった。
男の白衣を、女性のどす黒い血液が鮮やかに染め上げていた。
「諦めないからな」
男は雨に打ち消されそうな、小さな声でそう呟いた。
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