第三話 この世界について
昨日一日ぐっすり眠ったから、私はすっかり元気になった。いつもどおり4時に目覚め海で精神統一とストレッチと軽い運動をしてから家に戻ると、ヤミがリビングで本を読んでいた。
私は彼に朝の挨拶をする。
「おはよう、よく眠れた?」
「……
ヤミは私を見て、眉尻を下げた。もしかしたら、心配かけたのかな。
「ごめん、昨日寝続けてびっくりしたよね。私、魔法を使いすぎるとポンコツなの。時空の魔道士が聞いて呆れるけど……でも、魔力って生まれつきのものだからコレばっかりは仕方がないの」
「大丈夫だよ。君が眠り姫みたいにならなくてよかった」
眠り姫なら王子様のキスで目覚めるんじゃない?と言おうとしたけど、言わなかった。だってここにはヤミしかいないから、ヤミからキスしてもらうことになってしまう。
言わなかったというか、恥ずかしくて言えなかったというのが正しい。…………あれ、寝ればいつもどおりに戻れるって思ってなかったっけ?やっぱりおかしい、どうしよう。
…………そうだ、とりあえず、状況を整理しよう。頭を働かせれば、いつもの私になれる。
この場所にはこの場所のルールというか、決まりみたいなものがある。それを彼にも共有しておかないと。
「ヤミ、まずは……この場所の説明をしておきたい」
「そうだね。僕の記憶に基づいてるという話は聞いたけど……どの範囲まで出かけていいのかとか、一体いつまでこの夏休みが続くのかとか……知っておきたいことはたくさんある」
私はヤミに、この世界のことを話す。
まず、この世界は私の魔法とヤミの記憶をかけ合わせて作った『精神の世界』であること。いつまで続くかは現時点ではわからないこと。
そして、最終的にはこの世界を現実の世界につなげることで、元いた場所に戻る想定をしている……ということを説明した。
この説明をしている間、ヤミは小さなキッチンに立って二人分のコーヒーをドリップしてくれた。
「それと、いくつか注意してほしいことがあるの」
コーヒーカップを手に私の前の席についたヤミは、黙って頷く。私はコーヒーの礼をして、話を続ける。
「この場所は現実と同じに見えるかもしれないけど、あなたの記憶に基づいてるから完全に同じではない。記憶に曖昧な部分があるように、この場所もところどころ歪みとか、不安定な部分はあるかもしれないから、あまり広範囲を冒険しないほうがいいと思う」
「昨日周辺を歩いたときに、それを感じた。僕の記憶が薄い場所は、うまく作られていないみたいだったんだ」
「あと、これはとても大事なお願い」
「……何?」
「絶対に死んではダメ。どちらかが死んだら空間が不安定になって、世界ごと消滅する可能性があるから」
ヤミのことを見る。真っ直ぐと。真剣な思いを込めて。あなたは『死にたがり』だから、私はとても心配だ。
ヤミも私をじっと見ている。そして、彼は口を開いた。
「…………もう死のうとしないよ。多分」
「多分じゃ駄目なの。絶対に死なないって約束して」
ヤミは答えない。……嘘でしょ?約束できないの?まだあなたは死にたいの??
少ししてから、ヤミはこう言った。
「約束は、できないよ」
「ちょっと……!?刑務所を脱出する時、『生きたい』って言ってくれたじゃない……!」
「生きたいのは嘘じゃない。少なくとも、今はとても生きたいと思ってる。でも、今後もずっと死なないとは約束できない。そんな無責任なことは言えないよ」
「それは……人はいずれ死ぬからみたいな意味?それとも、別の意味?」
「例えば君にどうしようもなく嫌われたりしたら、僕はまた死にたくなるかもしれない。君が僕より先に死んでしまった場合も、後を追って死にたくなるだろうしね」
…………。何言ってるのこの人……。
「だから、約束はできない。嘘つきになりたくないし。そういう可能性もあるだろ?」
「それって……脅しの一種?『僕を嫌いにならないで』って?」
「ははっ、そうなる?確かに、そうなってしまうのかな?世界を人質に取るなんて、僕はずるいね」
「……バカ……」
…………ヤミのことを嫌いになる……。……これまでも散々、彼のおかしな部分や、理解しがたい部分は見てきたような気がする。
それでも彼のことを嫌いにはならなかった。今後二人で生活していて、ヤミのことをどうしても許せなくなることとかってあるんだろうか?
「……っていうか、ものすごくグイグイ来るじゃない!」
「……え?」
「なんでもないよ……」
コーヒーをすする。……何、この感じ。私、こういう感じすごく苦手。早く話題を変えたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます