第8話 ヴァイオレット

 エリシアとゼラを送って行き、ワタシも家に帰り着いた。


 装備を外して、髪を解いて、シャワーを浴びて……。

 一日の疲れを洗い流したところで、ベッドに腰を下ろす。


「ふぅ……」


 小さく息をついて、ふと、枕に目をやった。


 手に取って抱き締めて、匂いを嗅ぐ。


 ……うん、大丈夫。

 洗ったばかりだし。


 シーツは昨日替えたし、布団もこの前干したし、部屋の掃除も今朝やった。


 何も問題はない。

 レイデン殿が来ても、たぶん不快には思われない。


 うん、大丈夫なはず……!


「って、何を期待してるんだワタシはぁああああ!?」


 抱き締めていた枕をベッドに叩きつけ、腹の底から声をあげた。


 今日のレイデン殿は、とてもカッコよかった。

 抱かれてもいいと、確かに思った。


 ――だが!!


「たった一日で、別のパーティーに移ろうとするようなやつだぞ!? しかも、ワタシの胸を揉んでおいて!! あいつはクズだ、最低だっ!!」


 バシバシと枕を殴った。

 彼の顔に見立てて、何度も拳を振り下ろして――。


『お前が大事にしてるものは、後ろで俺が守っておくから』


 ふと、ゴブリンの巣での彼の言葉が脳裏を過ぎり手を止めた。


 あれは嬉しかった。

 本当に嬉しくて、心強かった。


 彼は、ワタシのことを理解してくれている。

 ワタシの不安を掬い上げ、解消してくれる。


 確かに性格に難はあるが、一緒にいたいと……そう思う。


「ち、違う! 違うぞ! 一緒にいたいというのは仲間として、という意味で……! 変な意味ではなくてだな!」


 誰に対しての言い訳かつらつらと言葉を並べ、その間抜けさに顔が熱くなった。


 くそっ、くそぉ……!

 何でワタシが、あんな男にここまで心を乱されなくちゃいけないんだー!


「…………下着、これで大丈夫かな……?」


 無意識のうちに出た言葉に、ハッと目を剥いた。


「な、何が下着だ! 何でもいいだろ、下着なんて!? バカがっ、ワタシのバカ! あほーっ!」


 ゴロゴロとベッドの上で転がって、ドスンと床に落ちて。

 不意に、収納棚が視界に入った。


「…………」


 のそのそと四つん這いで移動し、収納棚を開けた。


 以前、エリシアにすすめられるがまま購入した下着。

 煽情的過ぎてもはや罰ゲームのようなデザインだが……でも、たぶんこういうの、レイデン殿は好きなんだろうな。


「か、勘違いするなよ! 別にレイデン殿を喜ばせたいとかではなくて……か、買ってから一度も着ていないのは、流石にもったいないだろうと思ってだな! もったいないオバケが出て来てからでは大変だし! それだけっ、本当にそれだけだから!」


 またしても誰に対しての言い訳かわからない言葉を並べながら、ワタシはいそいそと服を脱ぎその下着を身に着けた。


 …………お、おぉー。


 わかっていたが、身体がスースーする。

 こんなの全裸と一緒じゃないか。


『それ、よく似合ってるぞ。可愛いな、ヴァイオレット』

「――う、うわぁああ!! 勝手に変な妄想をするなぁ!!」


 手をわちゃわちゃと振り乱して、イマジナリーレイデン殿を掻き消した。


「はーっ、はーっ! 心臓が……! あぁもう、本当にどうしてしまったんだワタシは……!?」


 頭を抱えながら息を切らす。


 そんな時、コンコンと扉をノックされた。

 急いで再び寝間着を身に着け、玄関へ急ぐ。


「……来たか、レイデン殿。まあ、その……入ってくれ」


 彼を家に招き、ギッと扉を閉めた。


 落ち着け、落ち着け。

 深呼吸しろ。


 ただ身体を差し出して、目を瞑って、それでおしまい!

 ワタシの仕事は、それだけだ!


「なあ、ヴァイオレット」

「ひゃい!」


 不意打ち気味に名前を呼ばれ、思い切り噛んだ。

 うぅ、恥ずかしい……!


「少し触るぞ」

「えっ? わ、ちょ、あわー!」


 片手で肩を抱かれて、もう片方の手で足を持ち上げられて。

 いわゆるお姫様抱っこの状態で、レイデン殿は歩き出す。……じ、人生で初めてされた。


 この角度から見るレイデン殿……何て言うかこう、イイな……。


 仄暗い感じの二枚目が強調されて、心臓の鼓動が加速する。

 目元のホクロに、キュンと胸の中で熱いものが溢れる。


「きゃっ」


 否応なく、ベッドに座らせられた。

 彼はすぐそばに立ち、ワタシを見下ろしている。


 真っ黒な瞳に見つめられ、顔に熱が回り、上手く呼吸ができなくなる。


「ワタシのこと、す、好きにして、いいか――」


 言い切る前に、なぜか肩にブランケットをかけられた。

 レイデン殿は小さく息をつき、すぐそばの椅子に腰を下ろす。


「お前、体調悪いだろ」

「……えっ?」

「心拍数が異常に高い。呼吸も乱れてる。解析したが、病気じゃないから安心しろ。たぶん、今日の疲れたが出たんだ」

「いや、ち、違うっ! これは……!」


 あなたに抱かれることを想像してジタバタした上にえっちな下着を着てドキドキしていただけです、とは言えなかった。恥ずかし過ぎて。


 ただ、それはそうとして、一つ不安が残る。


「なあ、レイデン殿……〈白雪花〉には、その……」

「ここに来た時点で俺の負けだ。今夜ヤれなかったからって、どっか別のとこ行くなんてことはしねえよ。安心しろ」

「そ、そうか……」

「俺はダメなやつだから、ヴァイオレットみたいなしっかりしたやつがいないとすごく困る。だから、ちゃんと休んどけ」


 「何か温かい飲み物でも作るよ」と立ち上がり、キッチンへ向かった。

 マグカップにミルクを入れ、手をかざすと一瞬で湯気があがる。……付与魔術で温度を上げたのか。


「ほら、飲んで寝ろ」

「ありがとう。……すごいな、レイデン殿は。本当に、何でもできて」

「ガキの頃からそれなりに努力してきたしな。ゴミ捨て場で魔術絡みの資料漁ったり、魔術学園に侵入して教科書かっぱらったり」

「そんなバカなことをしないで、普通に学園に入ればよかったのに」

「無理に決まってるだろ。俺、孤児だったんだぞ。親も家も金もない汚いガキに、誰が試験なんか受けさせるんだよ」

「…………えっ?」


 孤児? レイデン殿が?


 魔術は血統がモノを言う世界だ。

 優秀な魔術師同士が交われば、より優秀な魔術師が誕生する。


 だからこのひとも、どこかの名家の出だとばかり思っていた。

 それなのに……世界最高峰の魔術師が、孤児?


「知らなかったのか? 別に隠してねえし、わりと有名な話だと思ってたんだけど」

「申し訳ない。今、初めて聞いた。……では、そのローゼスという家名は、一体誰のものなんだ?」

「〈竜の宿り木〉の先代頭領が、適当につけてくれたんだ。何かあった方がカッコがつくだろって」

「な、なるほど……」


 まさかの出自に驚いたが、しかしこれで、諸々の言動に納得がいった。


 金が好きで、酒が好きで、女が好き。

 どうしようもない人だが、誰からも何も与えられない幼少期を過ごしたのなら、こうなってしまって当然だろう。


「俺は自分が楽しく暮らすために、泥水でもネズミの血でも何でもすすりながら頑張ってきたんだ。だからヴァイオレット、稼がせてくれよ。――その代わり、俺の全部をお前たちのために使ってやる。身も心も魂も、全存在をお前たちに賭けベッドする。明日から、また頑張ろうな」


 「あっ、事務仕事だけはしねえから!」とふざけた口調で言い加えて立ち上がり、ひらひらと手を振りながら去っていく。


 元孤児で、ゴミの中から魔術を学んで、ゼロどころかマイナスから成り上がった男。


 あまりに偉大なその背中を見て、ワタシは思った。

 ――これでいいのだろうか、と。


「レイデン殿!!」

「わっ! び、びっくりしたー……いきなりデカい声出すなよ……」

「い、いや……何だか、フェアじゃないと思ってな」

「フェア?」

「全存在をワタシたちに掛け金として差し出すと言ったひとに対し、ワタシはいまだ、はした金しか渡せていない。こんなのはおかしい、正しくないっ!」

「自分を抱けって言いたいのか? だからそれは、また今度でいいって――」

「違うんだ」


 マグカップをサイドテーブルに置いて、ブランケットを肩から外して。

 寝間着のボタンを、上から順に外してゆく。


「実は……柄にもなく、こ、こういうものをだな、着けてみて……」


 ワンピース風の寝間着。

 ボタンを全て外せば、全身が露わになる。


「慣れないことをしたから……ドキドキしてしまった、だ、だけだっ! 体調は何の問題もない! だから……!」


 身体が震える。

 似合ってないんじゃないか、おかしいんじゃないかと、不安になる。


 ワタシは堅い女だ。

 親から、友人たちから、お前は可愛げないと何度言われたことか。


 そんなワタシがこんな下着ものを着ても、気持ち悪いだけなんじゃないか――。


「うわっ、すげー似合ってる!? ちょー可愛いじゃん!! えぇ、どうしよー!! 脱がすのもったいな過ぎるってー!! うわぁー、うわわぁー!! やべえー!!」


 褒められはしたが、思っていたよりもずっと欲にまみれていて、ブフッとふき出してしまった。


 ロマンチックとは程遠いが、まあいい。

 このひとは、こういうひとだ。


「脱がすも脱がさないも、レイデン殿の好きにしろ。ワタシは日の出まで、あなたのものだ」

「マジで!? やったぁ~~~~~!!」


 知性の欠片もない声に対し……少しだけ、ほんの少しだけ、愛おしいなと思ってしまった。


 ――あぁ、そうか。

 もはや、認めざるを得ないだろう。


 惚れてるんだ、ワタシは。

 このひとを、好きになってしまったんだ。



 ◆



「……っ……っ!」

「あ、あの……ヴァイオレット……? ヴァイオレットさん……!?」

「っ……なっ……ん、だっ……?」

「も、もう朝なんだけど! そろそろ、俺から降りてくれな――」

「あと一回……まだ、もうちょっとだけ……!」

「いやいや、何時間ぶっ続けでヤってると思ってるの!? もう限界だって! てか、限界とかとっくに過ぎてるって!」

「…………」

「無言で腰振るのやめて!? ちょ、マジで死ぬっ! 俺、死んじゃうからー!」


 ヴァイオレット・フィエル。

 Sランクなバストを持つ彼女は、性欲までSランクだった。


 あぁでも……すげーいい景色だ。

 おっぱいが生きてる。ばるんばるんと、命が輝いてる。生命の奇跡がここに詰まってる。


 決めた。

 俺の墓石には、この景色を彫ってもらおう。



――――――――――――――――――


 レイデンはセックスに対してだけはプライドがあるので、セックス絡みで自分に対して魔術を使うことはないです。なので彼は、素の状態で朝まで戦い続けました。



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