第4話 Sランクの意味


 ゴブリンは人間を含むメスの哺乳類をさらい、種付けして子を増やす。

 しかもその増え方は、虫のように尋常ではない。


 だからこそ、巣を見つけたら中へ入って根絶やしにする必要がある。

 下手をすると、その地域一帯の生態系が変わってしまうから。


「今から巣に入るが、俺、しばらくは何もしないからな。ちゃんと自分たちでゴブリンを倒すんだぞ」

「なっ!? ワタシたちに付与エンチャントしてくれないのか!?」

「正確に無駄なくやるには、戦ってるところを見なくちゃいけないんだよ。んじゃリーダー、先頭切って行って来い」


 自然の洞窟を拡張して作られた、ゴブリンの巣。

 やつらの独特な体臭や、餌として食い散らかされた動物の腐臭で、凄まじく不快な臭いがする。


 懐かしいなぁ、こういうの。

 若い頃を思い出す。


「前方からゴブリンが二体だ! エリシア、迎撃できるか!?」

「あっ! えっと、やってみる!」


 ヴァイオレットの声に、エリシアは手を前に出した。

 チリッと身体から火の粉が散り、全身の肌が淡く赤く輝く。


 【火神の加護】――それは、持ち主に無限の火の力を授ける加護。


 上手く扱えば、どんな生物だって、どんな物体だって、焼き滅ぼすことができる。

 単純ながらその破壊力の高さゆえに、数ある加護の中でもトップクラスに戦闘向きな力だ。


「いっけぇええええ!!」


 瞬間、ボンッと音を立て身体が燃え上がった。

 人間サイズのバカデカたいまつが完成し、洞窟内を隅々まで照らす。


「お前、火の玉飛ばすとかじゃないのか!? 何で身体を燃やしてるんだよ!」

「ご、ごめんなさい、レイデンさん! あたし、中々上手くできなくて……!」


 全身ボーボー燃えながら申し訳なさそうに頭を掻く様は、正直、ものすごく間抜けで面白かった。


 ……ってか、服は燃えないのかよ。


 あー、【耐火】の付与がかかってるのか。どこの付与魔術師か知らないが、余計なことしやがって。解除してやろうかな、おっぱい見たいし。


「左はワタシがやる! ゼラ、右を頼む!」

「んっ!」


 ダッと凄まじい力で地面を蹴り、駆け出したゼラ。

 その身体には、加護による黒い紋様が浮かぶ。


 【戦神の加護】――それは、持ち主に際限のない怪力を授ける加護。


 エリシアのものと比べれば地味だが、こっちの方が何かと小回りが利いて便利だ。

 実際、歴史上の英雄の中にもこれと同じ加護を持つやつが何人かいる。


「ふぎゃー!」

「おまっ!? え、お前何やってんの!?」


 ゼラは間抜け極まりない声をあげながら、洞窟の壁に突っ込んで行った。

 急いで立ち上がってゴブリンに向かって行き拳を振るうも、今度は当たらない。それだけならいいが、振り下ろした拳が地面に突き刺さり、洞窟全体が危うい揺れ方をする。


 せっかくの怪力を、一ミクロも制御できていない。

 これじゃあ暴れ牛と一緒だ。


 ……にしても、おっぱい、すげー揺れてる。

 目の保養になるから、ずっと暴れててくれねえかな。


「ゼラは下がれ! あとはワタシが――ッ!!」


 ヴァイオレットはゼラの首根っこを掴み後ろへ放り投げ、渙発入れず腰に下げた剣を抜き一体目のゴブリンを斬った。

 ブギャアア!! と断末魔が響き、緑の血が噴き出す。

 返り血を浴びながらもまばたき一つせず、すぐさま二体目のゴブリンの首を斬り落とした。


 ……こいつ、強いな。


 バストサイズを測った時、一緒に骨格や筋肉なんかも分析したから、相当できるやつだってことはわかっていた。実際に戦いぶりを目にすると、無駄のない滑らかな動きとおっぱいの揺れ具合に感心してしまう。


「次は三体来たぞ! エリシア、可能なら迎撃を! ゼラはギリギリまで引き付けて、思い切り拳を叩きつけろ! 大丈夫だ、当たらなかったらワタシが何とかする!」

「わかった!」

「んっ!」


 冒険者ギルドの職員に聞いたが、ヴァイオレット個人はBランクらしい。

 Bランクといったら、冒険者全体の一割程度とかなり優秀な部類。〈竜の宿り木〉でも幹部候補クラスだ。


 しかし、エリシアとゼラの加護の力に振り回され、まるで実力を出せていない。

 リーダーとしての責務を果たすためか無駄に二人を動かして、その上でミスをカバーしているのも原因だろう。……言っちゃ何だが、二人を下がらせてヴァイオレット一人で戦うのが最善策だ。


 まあでも、これでわかった。

 こいつらなら、俺を金持ちにしてくれそうだ。



 ◆



「はぁ、はぁ……! くそ、キリがない……!」


 ゴブリンの巣の殲滅はこれまでに何度か経験したが、〈白雪花〉がFランクパーティーに落ちてからはこれが初めてだった。


 しかも、ほぼワタシ一人での戦闘。

 その上、。Fランクにあてがっていいレベルの仕事ではない。


「ヴァイオレットさん、大丈夫……?」

「ご、ごめん、ヴァイオレット……」

「謝らなくてもいい。それよりも、怪我だけはしないよう気をつけてくれ」


 心配する二人に笑顔を向けて、ふっと息をついた。


 今のこのパーティーが戦いに出ればこうなることは、最初からわかっていた。

 わかっていたから、レイデン殿を勧誘したわけだ。


 なのに彼は、いまだ何もしない。


 ポケットに手を突っ込んで、時たま眠そうに欠伸をするだけ。

 散歩途中に迷い込んできた一般人にしか見えない。


「あっ! ヴァイオレットさん、いっぱい来たよ!」

「十体はいるな。よし、ここは一旦退いて――」

「その必要はない」


 ワタシ一人では一度に十体もさばき切れない。しかも、この狭い空間。囲まれたら終わる。

 そう思って提案するも、後ろのレイデン殿に遮られる。


「エリシア、迎撃しろ。あいつら全員、黒焦げにしてやれ」

「えぇ!? む、無理だよそんなの! あたし、たいまつくらいしかできないし……!」

「いいから、ほら。さっきみたいに手を前に出し、ボッと火を飛ばすイメージで」


 突然メチャクチャなことを言い出し、エリシアはそれに渋々従った。

 何をバカなことを――と内心呆れかけた、その時だ。


 ゴォオオオオオオ!!


 エリシアの手のひらから、拳サイズの火の玉が射出された。

 それは一体のゴブリンに着弾し、爆発し、燃え盛る。


「えっ……え、えぇー!? な、何で当たったの!? ってかあたし、手からしか火、出なかったよ!? いつも身体中からぶわーって出るのに!?」

「【火神の加護】の火は、汗腺から出るんだ。だから、エリシアが火を出すその瞬間だけ、付与魔術で手のひら以外の汗腺を閉じた。そうすれば、全火力が手のひらに集中するだろ」


 汗腺を……と、閉じた?


 ワタシの知る付与魔術は――否、世間一般で知られる付与魔術は、肉体を強くしたり物体を強化したりと、そういう大味なもの。


 汗腺を閉じるような細やかな付与魔術など聞いたことがない。


 そんな人体の構造を完璧に熟知していないとできないようなことを、この人はやってのけたのか。

 しかも火を出す瞬間だけってことは、ほんの少し戦いぶりを観察しただけで、彼女の攻撃のタイミングを完全に把握したというのか。


 ……あ、あり得ない。

 意味がわからない……!!


「あと、火を出す時に目をつむるクセがあるな。それも瞑らないよう、こっちで抑制してある。ちゃんと前を見てなきゃ、当たるものも当たらないからな」

「あっ! う、うん、ありがとう!」

「それと、俺とヴァイオレットとゼラに強力な【耐火】を付与した。……お前、無意識に火力を抑えてるだろ。子どもの頃に親や友達を火傷させたとか、そういう経験があるんじゃないか?」

「っ!? な、何で、それを……!?」

「約束する。俺がいる限り、お前の周りがその火で傷つくことは絶対にない。――弱いくせに手加減なんかするな。やり過ぎたら、こっちで調節してやるから」

「……うんっ! うん、わかった! あたし、全力でやる!!」


 そう言って放った一撃は、迫り来る全てのゴブリンを爆炎と共に焼き滅ぼした。


 目を瞑るクセも、火力を抑えていることも、ワタシは知らなかった。

 エリシアとは、一年近く一緒にいたのに。


 付与魔術師は支援職。

 味方の状態を見極めるのも仕事の一つ。


 その最高峰に立つ男の卓越した観察眼に身震いし、同時に心強さに笑みがこぼれた。


「ゼラはこれを使え」

「え、な……これ、何……?」

「見ての通りハンマーだよ。そこらの岩を【軟化】させて形を整えて、【硬化】させて固定した、俺のまごころたっぷり手作りだ」


 ゼラに投げ渡したのは、黒々としたバカでかいハンマー。


 岩から作ったなどと軽々しく言うが、付与魔術を用いて武器を作るなど聞いたことがない。本来そこまでの汎用性はないはずだが、レイデン殿にとっては常識など関係ないらしい。


「ほら、次のゴブリンが来たぞ。いけいけー」

「……っ!」


 トンと背中を押され、ゼラは走り出した。


 彼女は【戦神の加護】による怪力を制御できない。

 だから、走ることすらままならず、ただ拳を振るうだけでも体勢を崩す。


 ――なのに。


「うわ、当たった! 今の見た、ヴァイオレットさん!? ゼラちゃんの攻撃、当たったよ!?」


 キャーッと歓声をあげるとエリシア。

 ワタシは言葉も忘れ、十体以上のゴブリンを相手にハンマーで無双するゼラに感動する。


「ゼラの場合は、エリシアより問題は単純だ。力が強過ぎて制御が効かないなら、逆に弱めてやればいい。踏み込む瞬間、身体を切り返す瞬間に【脚力低下デバフ】をかければ、少なくとも転んだりはしないだろ」

「で、ではレイデン殿、あの武器は!? ゼラに思い切り振るわれて、どうしてあの武器は無事でいられる!?」


 ゼラが素手で戦っていたのは、どんな武器も【戦神の加護】の怪力に耐えられないからだ。

 剣の柄を掴めば歪んで砕け、弓を握ればねじ折れる。


 なのに、あの原材料がただの岩の武器は、ゼラが振り回してもビクともしていない。


「俺が全力で【耐久性上昇バフ】をかけてるんだぞ。【戦神の加護】の怪力で、壊れるわけがないだろ」


 何言ってるんだお前? と言いたげな表情。


 程度……ははっ、程度か。

 【戦神の加護】を持つ英雄たちの偉業を知らないわけでもないだろうに、そう言い切ってしまえるのか。この人は。

 

「って言っても、素材があれじゃ限界はあるけどな。金が貯まったら、ドラゴンの骨とかでできた武器を買うといい。それに俺が付与エンチャントすれば完璧だ」


 言っていると、ゼラが戻ってきた。


 いつも通りの無表情――ではなく、その顔には淡い笑みが浮かぶ。

 ようやくまともに戦えた、役に立てたという嬉しさがにじむその顔に、不覚にも涙がこみ上げてくる。


「やったね、ゼラちゃん! タッチしよ、タッチ! いえーい!」

「いえーい」


 戦いの最中だが、はしゃぐのも無理はない。

 ワタシだって、正直タッチしたい……!


「ヴァイオレットは、全身を満遍なく強化バフしておいた。あと、古傷のせいで微妙に左足を引きずって歩いてるだろ。それも治しておいたぞ」

「な、治しておいた!?」


 そんな治癒魔術師ヒーラーまがいのことまでできるのか、この人は。

 一体どこまで万能なんだ……。


「エリシアやゼラが傷ついても、俺が治してやる。だからヴァイオレットは、戦いの最中に二人のことを過剰に気にするな。お前が大事にしてるものは、後ろで俺が守っておくから」

「っ!!」


 わけあって仲間が大勢抜けてパーティーランクが下がり、残ったのはエリシアとゼラだけ。

 あの二人は、ワタシが見捨てれば路頭に迷ってしまう。だから、一刻も早く何とかしなければと思っていた。それがリーダーとしての責務だと思っていた。


 レイデン殿は、そんなワタシの焦りを見抜いたんだ。

 この短時間で、これといって言葉も交わさずに。


 何もかも見透かされている恐怖はある……でも、それより嬉しさが勝る。

 ワタシの全部を理解してくれて、全部を解決してくれる存在の登場に、ただひたすらに感謝が溢れてくる。


「ほら、また来たぜ。好き勝手暴れてこい。戦闘中の面倒事は俺に丸投げしろ」

「……わかった。ありがとう、レイデン殿。本当にありがとう!」


 踏み出す、大きな一歩を。


 左足が軽い。

 剣もまるで重さを感じない。


 走っても呼吸が乱れず、頭の中はクリア。

 剣にも付与が施されているのか、恐ろしいほどによく斬れる。


 戦うことに、何の不安も恐怖もない!


「おーっし、どんどんいけー。帰ったら約束通り、報酬の70%はもらうからなー」


 ヘラヘラとしながらも、仕事はあまりに迅速丁寧で熟練された職人技。

 一切の無駄がなく、ワタシたちの能力を最大限引き出す。


 その姿を、ワタシは素直にカッコいいと思った。


「ヴァイオレットさん、そいつはあたしがやる!」

「わかった! ゼラ、背中は任せたぞ!」

「んっ!」


 ワタシを抱いてくれと、彼に言った。

 このパーティーのためなら、エリシアとゼラのためなら、自分の身体くらい惜しくないと思った。


 お試しに胸を触らせた時、正直不快感でいっぱいだったが……でも、不思議と今は違う。


 彼に触れたい、触れて欲しい――。

 そんな気持ちが、こそばゆい熱が、ワタシの中に芽生え始めていた。


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