心がほどける時間
ゆう
初デート編
第1話 恋する乙女、ファッションショー!
「先生と付き合えるなんて。」
あゆみは、心の中でその言葉を何度も繰り返していた。
信じられない。まるで夢みたい。
でも、胸の奥がじんわりと温かくなるこの感覚――それだけは紛れもない現実だ。
星宮すばる――高校時代の担任。
けれど、あゆみにとって彼はただの教師じゃなかった。
初めて恋を向けた相手。
いや、あの頃の気持ちは恋というより憧れだったのかもしれない。
教室の黒板にチョークを走らせている。そんな背中を眺めるだけで、十分だったはずなのに。
それが今、こんなにも近くにいるなんて。
まだ夢の中にいるみたいで、ふと現実に戻るたびに頬が熱くなる。
「僕と付き合ってほしい。」
あの時の言葉が頭の中でリフレインするたび、胸がぎゅっと締めつけられる。
満たされたような気持ちが溢れ出すのと同時に――
「あああ~~もうっ!」
声にならない叫びを漏らしながら、あゆみは枕に顔を埋めた。
どうしてこうも、頭の中が恋愛モード全開なんだろう。
私、もしかしてめんどくさいタイプ……?
そんな時、スマホがブルっと震えた。
画面には「星宮すばる」の名前が表示されている。
「ふへへっ……」
反射的に顔が緩む。さすがに、そろそろほっぺが痛い。スマホを開く指先が震えそうになるのを何とか抑えて、メッセージを確認する。
『今度の休み、楽しみだね』
――シンプル!
でも、その一行だけで胸が甘酸っぱい感情でいっぱいになる。
「……って、こんなことしてる場合じゃない!」
布団を跳ねのけて飛び起きたあゆみは、クローゼットの扉を勢いよく開いた。
次々に服を引っ張り出し、鏡の前で体に当ててみる。
「白いブラウス……ピンクのスカート……淡いブルーのワンピース……」
どれもイマイチ。
「これじゃ子どもっぽいかな?でも地味なのも嫌だし……」
ぽつりぽつりと独り言を漏らしながらも、解決の糸口が見えない。
――よし、こういう時は奈緒だ。
『今日、話せる?』
メッセージを送ると、すぐに返信が来た。
『いつものカフェで待ってて!』
「で、何をそんなに悩んでるの?」
カフェに着くなり、奈緒はアイスティーを一口飲んでからあゆみに顔を向けた。
あゆみは少しうつむきながら、ぽつりと答える。
「今度……先生と出かけるんだけど……何を着ていけばいいか分からなくて……」
奈緒の目が一瞬見開かれる。
「先生って、あの星宮先生だよね?ほら、あゆみが『付き合うことになった』って言ってた!」
「うん……」
恥ずかしそうに頷くあゆみに、奈緒は悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ……デートじゃん!!」
「ちょっ、ちが――っ! ただのお出かけだもん!」
慌てるあゆみの顔は真っ赤で、手が忙しなく動いている。
奈緒はその様子を楽しそうに見ながら、肘をついて首をかしげた。
「ふーん。それで何を着ていくか悩んでると?」
「……うん。先生って先生じゃん?ほら、社会人だし、すごくかっこいいし……私なんて大学生でこんなだし……相応しいのかなって、思っちゃって……」
言いながら、あゆみは自分で首を振った。
「って私、めんどくさいな!あーもう、どうしよう奈緒――」
その声は少し震えていて、今にも泣き出しそうだった。
奈緒は真剣な表情を浮かべた――と思ったのも束の間、次の瞬間大声で笑い出した。
「ははははっ! あゆみ、何それ!可愛すぎるんだけど!」
「な、なんで笑うのよ!」
あゆみが不満そうに睨むと、奈緒は肩を揺らしながら続けた。
「いいんじゃない?そんな純粋無垢なところに先生は惹かれたんじゃない?」
「純粋……無垢……?」
「そう! あゆみが一生懸命悩んでるの、めちゃくちゃ可愛いじゃん!先生も絶対そう思ってるって!」
「そ、そんなの分かるわけないし……」
「いやー、恋する乙女って感じで最高だね!」
奈緒の笑いに釣られて、あゆみも少しだけ笑顔を見せる。
「その感じ、絶対ちゃんと考えていないよね!」
「考えてる考えてる。それにあゆみは何着たってかわいいよ?安心しな?」
「だからからかってるでしょ!それー!」
結局、奈緒が「やっぱり現場で見ないと分からない!」と言い出し、あゆみの家でファッションショーが開かれることになった。
「さ、次! 次の持ってきて!」
奈緒は勢いよく手を叩き、クッションにふんぞり返る。
「どこの監督よ、それ! これでも結構頑張ってるんだから!」
あゆみはクローゼットの中を必死に漁りながら叫ぶ。
「じゃあ次は白のブラウスにピンクのスカートでどう? あ、靴も合わせてみて!」
「……奈緒、楽しんでるでしょ。」
「当たり前じゃん! こういうの楽しいに決まってるでしょ!」
呆れるあゆみをよそに、奈緒はニヤニヤとスマホを取り出して撮影を始める。
「ちょっと、写真なんて撮らないでよ!恥ずかしい!」
「あゆみ、可愛いから記念に撮っとかないともったいないでしょ!」
奈緒とあれこれ悩んだ末に決まったのは、淡いピンクのワンピースに白いカーディガンだった。
「これなら大丈夫じゃない?」
奈緒が自信たっぷりに頷くのを見て、あゆみはほっと息をつく。
夜、奈緒にメッセージを送った。
『今日は本当にありがとう』
服は決まったけれど、まだ少し不安が残っている。
もう一度鏡を見ながら、小さく呟いた。
「……これでいいかな?」
その夜、布団に潜りながら、あゆみはスマホを手に取った。
届いていたのは星宮先生からのメッセージ。
『一日お疲れ様。楽しみにしてるよ』
たった一行の文字に、胸がドキンと高鳴る。
「先生はどんな気持ちでいるのかな……」
そっと目を閉じると、彼と過ごす初めてのデートがふわりと心に浮かぶ。
布団の中で、小さな微笑みを浮かべながら――。
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