魔王、JKに転生する。〜世界征服計画は青春の中で〜
@MeloTea
第1話 魔王、現代に蘇る
かつて、私は魔王として世界を支配していた。
誰もが私の名を聞いただけで震え、王や英雄たちですらひれ伏した。私の力は絶対で、魔法や剣技の達人など私の前では無力に等しかった。どれだけの者が私に立ち向かおうとしたか、私の圧倒的な力によって屈服させられた。
しかし、それも永遠には続かなかった。ある日、宿敵の勇者が現れ、私の王座に乗り込んできたのだ。
その勇者はこれまでのやつらとは違い、私と拮抗する力を持ち合わせていた。私たちは激しい戦いを繰り広げ、あるひとりの勇者の剣が私の胸に深く貫いた。
彼もまた、私の一撃で倒れ、私に寄りかかるように倒れてきた。
互いに生き残ることのない結末を迎えた。
「不覚だ…こんなガキにやられるとはな」
血が口から溢れ、奥で鉄の味が広がる。私の視界は薄れていく意識の中で揺らめいていた。
「終わりにしよう」
勇者のその言葉と共に、剣が互いに刺さっている剣を抜いた。カが抜け、冷たさが全身に広がっていく。私はゆっくりと目を閉じた。
「.....」
すべてが暗闇に包まれる瞬間、私は小さく笑みを浮かべた。もし、もう一度生まれ変わることがあるなら、その時こそは世界を支配してやる。
私は討たれ、命を落としたはずだった。
だが、死の暗闇が私を包んだその瞬間、何か別の感覚が私を引き寄せた。
次に目を開けた時、見知らぬ風景が広がっていた。目の前には白い天井、窓には夕焼けに染まる街の風景。
私はふかふかのベッドで倒れていた。だが、この体に違和感を感じる。
まるで見覚えのないものに変わっていた。細く、弱々しい手。
私の体は…いや、私ではない。
これは少女の体だ。
痛みが全身を走るが、それでも意識は保てる。
視線をゆっくりと動かし、周囲を見渡す。
自分がベッドに横たわり、全身が包帯で巻かれていることに気づいた。腕も足も固定され、わずかな指先さえ動かすことができない。まさに身動き一つ取れない状況だ。
ベッド脇には異様な機械や点滴スタンドがあり、清潔な部屋だ。
「おかしいな…死んだはず。あの後どうなって…」
昔の体での生涯は終えたのだ。考えるだけ無駄だ。
私は窓から街を見渡した。かつての力はなくとも、ここで再び自分の足で歩き始めるしかない。
私は私だ。新しい体、新しい世界。
「この体で、魔法は使えるのか?」
とりあえず体が痛すぎてまともに動けないため、体全体にヒーリングを使った。
魔法が使えた。
全盛期の魔王としての力は失われたように感じるが、魂そのものは変わっていないはず。かつて操っていた膨大な魔力こそ今は感じられないが、それでも試す価値はあるだろう。私の力が、どれほどこの肉体で発揮できるのか。
周囲を確認する。
ここは人気のない病室のようだ。人の気配はない。ここなら多少の魔法を使っても目立たないだろう。
私は右手をそっと前に掲げ、かつて幾度となく唱えてきた呪文を口にした。
「ウィンド…」
小さな声で唱えると、かすかに手元に風が帯び始めた。体内に微弱な魔力が集まり、私の手のひらに風が灯る。
「出た……!」
その風は、かつて私が操っていた竜巻とは比べ物にならないほど小さく、弱々しい。しかし、それでも確かに、魔法は発動したのだ。転生しても、魔力の片鱗はこの体に宿っている。
「全盛期には及ばないが……これでも十分だな」
私は手元の風をじっと見つめ、笑みを浮かべた。
全力であれば、街一つ吹き飛ばした程度の力を誇った私の魔法も、今は小さな風程度。
しかし、それでも魔法が使えるならば、時間さえかければ、再びあの力を取り戻すこともできるかもしれない。
「面白くなってきたな」
その時、病室の扉がゆっくりと開いた。そちらに目を向けると、完全に目が合った。
手に持ってる花束を床に落とし、一人の女性が足早にこちらへ向かってくるのが見えた。
目は赤く腫れ、涙を流しながらこちらを見つめている。抑えきれない感情で震えているようだった。
「魔緒……!魔緒……!」
泣き崩れそうな勢いで私のベッドに駆け寄り、私の手をぎゅっと握った。その温もりと力強さに、一瞬戸惑ったが、何も言えない。
泣きながら何かを言っているが、その言葉は私には理解できなかった。
「……よかったぁぁ!」
涙が私の手にぽたぽたと落ちる。だが、私は何も感じることができない。この体の感覚と、私の感情が乖離しているのだろう。
彼女にとって今目の前にいるのは大切な存在なのだろう。
私は黙って彼女の手を見つめ続けた。涙が途切れることなく流れ、彼女の震える声が病室に響く。彼女にとってこの少女は大切な存在だったのだろう。
しかし、今その体に宿るのは、魔王である私だ。彼女がどんなに泣いても、私にはそれを受け止める術がない。
『さっさと離れんか』
向こうは聞いたことのない言語で話す。
互いに言葉が通じないのは分かっていたがそう呟いた。
ただその涙は私にとってはただの雑音だ。
この状況に居続けることが、次第に耐え難くなってくる。ここに留まる理由もない。私には、私の力を取り戻し、この世界で新たな力を築くという目的がある。
『もう十分だろ』
私は静かにそう呟き、決意を固めた。
魔力も全盛期ほどではないが、今の私にはひとつの方法があった。
私は手をそっと離し、目を閉じて深く息を吸い込む。そして、魔力をかき集め、小さな声で呪文を唱えた。
『スリーピア』
淡い光が私の手のひらから広がり、部屋全体を包み込む。次の瞬間、ふらふらとした足取りでその場に倒れ込んだ。静かに眠りにつき、病室は一瞬にして静寂に包まれた。
『脱出といったらこの魔法だな』
全身を発光させ、現在の姿を模写するトレースという魔法。投射魔法だ。
主に通信や偽装で使う技だが、今はこれが必要だ。ベッドの中に私のホログラムを寝かせ、姿を偽ることで、少しでも時間を稼ぐ。
少し時が経ったが、ホログラムが現れる気配はなかった。魔力の消費が思った以上に大きかったのか、それともこの肉体がまだ完全に馴染んでいないのか。
だが、ホログラムを待っている暇はない。追手が来る前に、ここを脱出する必要がある。
私は容姿の完成度を確認もせず、窓に向かって素早く駆け寄った。
病室の窓から外を見下ろす。高さは3階ほどだ。前世の肉体ならば、この程度の高さは何の問題もなかっただろうが、この体では直接飛び降りれば負傷する危険が高い。
『ウィンド……』
風の力を駆使して、勢いを徐々に殺しながら静かに降り立った。足が地面に着く。幸い、着地は完璧だった。怪我はしていない。
私は一息つき、辺りを見回す。静かな夕日の空気が肌に触れる。冷たい風が心地よい。
改めて地上でみると、見知らぬうちに文明は発達していることを感じる。
今や、魔法何てものを使わなくても戦には勝てそうな雰囲気がある。
特にあの四足歩行の機械だ。あのスピードと制御のしやすさ、あれに突っ込まれたら瞬殺されそうだ。
『それにしても、平和この上ないな……』
私は街を歩きながら、目に映る光景に驚嘆していた。城のように巨大な建物がずらっと並んでいるし、行き交う人も楽しそうに笑っている。
私が生きていた時代は、常に戦争の渦中にあり、各地で戦火が絶えなかった。
楽しそうに商売をしている者たち、無邪気な笑顔で談笑している人々。争いの影などどこにもない。
ここには戦争の気配すら存在しない。私が知っているあの世界とはまるで別物だ。
『これは……』
ふと、一面ガラス張りの店が目に留まった。商品を見せるために大きな窓があり、そこに自分の姿が映り込んでいる。そういえば、転生してからまだ自分の容姿をしっかり確認していなかった。私はじっくりとガラス越しに自分を見つめた。
窓に映る現在の私の姿。エメラルド色の瞳に、キュッと引き締まった顔。ボサボサの真っ白な髪は風になびき、肩の上で軽く揺れている。
街を行き交う通行人と自分の顔を見比べると、はっきりとその容姿の違いがわかる。どうやらこの体は、外見的にも優れているらしい。人々の視線が時折こちらに集まるのも頷ける。
『だが、体だけは違和感がすごいな……』
私は自分の体を軽く見下ろした。
魔王だった頃の肉体と比べると、筋肉も身長も何もかも劣っている。性別はおそらくは同じだろうが、人間の体はこんなに細いものなのか。
『さて、次はどうするか……』
私はガラス越しの自分を見つめながら、これからどう動くかを考え始めた。まずはこの世界における力を取り戻すための手段を探すか。
しばらく街を歩き回っていたが、突然、腹から不快な音が響き渡った。ゴロゴロと鳴り、体の中から何かを求める声が上がっている。
『まずは食事だな……』
こんな状況で満足に動けるはずもない。まずは食べ物を手に入れよう。私はそう決意し、近くを探し始めた。
様々な匂いに釣られフラフラしていると、ふと路地裏から声が聞こえてきた。薄暗く狭い通りの中に、何やら不穏な気配が漂っている。
近づいてみると、そこにはガラの悪い男たちに絡まれている、もやしのようにひょろひょろとした青年がいた。彼は怯えた様子で、どうにかして逃げ出そうとしているが、男たちに道を塞がれて動けずにいた。
「助けて……」
何を言っているか分からないが彼がつぶやいたその言葉が、私の耳に届いた。
街の一角に差し込むオレンジ色の光が、路地裏で私を神のように浮かび上がらせている。
私は小さくため息をつきながら、男たちの方に向かって歩き出した。ここで見捨てていくのも簡単だが、少しの運動をして食欲をかき立てるのも悪くないだろう。
それに、この世界での力を試す良い機会でもある。この程度の連中を倒すには十分な力は残っている。
『おい、お前ら』
私は冷たい声で彼らに呼びかけた。男たちは一瞬驚き、私に視線を向けた。彼らの表情が変わるのを見て、私は小さく笑みを浮かべた。
どうやら彼らは、私をただの通りすがりの少女だと思っているらしい。
『その男を離せ』
「…あん? おい、何言ってんだコイツ」
リーダーらしき男が一歩前に出てきて、眉をひそめる。
やはり言葉が通じていないようだった。
「外国人か? わけわかんねぇこと言いやがって!」
男たちは私の言葉がわからないことに気づき、ますます威圧的になってきた。
リーダーらしき男が一歩前に出てきたが、その言葉に私はかすかに笑った。愚かな連中だ。この程度の者たちなら、魔法を使うまでもない。
『悪いな、私は腹ごしらえをしなきゃならないんだ。さっさと片付けるぞ』
私はそう言うと、一瞬で相手の間合いに踏み込み、ガラの悪い男たちを次々と軽く蹴り飛ばした。彼らは驚きの表情を浮かべる間もなく、あっという間に地面に転がっていく。どいつもこいつも弱すぎる。
「お、お前……!」
最後の一人が震える声で私を見上げた。その男も蹴り飛ばし3人一緒に地面のベッドにご案内だ。
しかし、予想外のことが起きた。
『……は?』
次の瞬間、鋭い痛みが私の体を突き抜けた。蹴りを繰り出したはずの脚が、まるで予想外の衝撃に耐え切れないかのように、激しく震え、鈍い音を立てる。何が起こったのか瞬時に理解できず、私は一瞬だけ動きを止めた。
『足の骨が......砕けた?』
痛みに驚きながら、私は自分の足に視線を向けた。どうやら魔力以外にも、力などもそのまま継承しているらしい。
その結果、体がその負荷に耐えられず、足の骨が砕けてしまった。自分の力に対する過信が、思わぬ事態を招いてしまった。
『不便極まりないな』
私はうずくまるようにして、片足を引きずりながら必死に体勢を立て直そうとした。
しかし、男たちはその様子を見て、ますます調子に乗った様子で笑い出した。
「なんだよ!やっぱり弱っちいじゃねぇか、さっきのは偶然か?!」
もう体が使えないなら魔法で応戦するしかない。
『ウィンド!』
必死に魔力を込め、手を前にかざした。
「おいおい、何ボソボソ言ってんだ」
男たちは私の様子を見て、ますます近づいてくる。彼らの顔には嘲笑の色が濃く浮かび、その卑劣な態度がさらに私を苛立たせた。だが、苛立ちに任せて体を動かそうとするたび、脚に走る鋭い痛みがそれを妨げる。
『集中....しろ.....』
頭の中では何度も命じているのに、指先が震え、魔力を集める感覚がまるで遠のいていく。全盛期ならば、こんな相手を一瞬で蹴散らせていたはずだ。
『ウィンド!!』
無理やり体から捻り出し、1人の男に直撃した。男の体が大きく吹き飛び、壁に衝突した。
だが、目の前のヤンキーたちが間髪入れずに攻撃を仕掛けてくる。私は腕で防御し、足元からくる激痛に耐えながら応戦する。
「このやろ…」
男の一人が勢いよく殴りかかってくる。私は体をひねり、腕でその拳を受け止めた。衝撃が体に響くが、気力で跳ね返すようにして相手を押し返す。痛みに耐えながらも、私は彼らに向かって立ち続けた。
「なんだこの女......」
男たちが驚愕の声を上げる。足の骨が砕けながらも、私が倒れずに応戦し続けていることが、彼らにとって想像外だったのだろう。
『またか…』
次は腕が逝った。人を殴り飛ばすパンチでも折れるようだ。
満身創痍な私を見て、彼らは迫ってくるがそこにある1人の影が映った。
「やめろ!」
突然、誰かの声が響き渡った。私を囲んでいた男たちが驚いて一斉に振り返る。私もかすんだ視界の中で、その声の主を捉えようとするが、痛みと疲労で頭が朦朧としていた。
「何だ、てめえは.....?」
男たちが声の主に向かって威圧的な態度を取る。だが、その瞬間、空気が変わった。
次の瞬間、男たちの一人が吹き飛ばされ、地面に転がり込んでいく。驚愕の声が上がる。
「こ、こいつ.......」
もう一人の男が拳を振り上げようとする
が、それすら許されない。目にも留まらぬ速度で彼は殴り倒され、二人目も地面に転がる。私はかすれた視界の中で、その光景をぼんやりと見つめていた。
私の前に静かに立った。優しげな瞳と鋭い動きを持つその人物は、男たちをあっという間に倒した後、私に手を差し伸べてきた。
「大丈夫か?」
低く落ち着いた声が私の耳に届く。彼の顔はよく見えないが、この少女の体は懐かしいと言っている感じがした。
「ごめん、こいつの兄なんだ。警察には通報しとくから、君も早く逃げな」
助けに来た男が、ヒョロヒョロの青年に冷静な声で指示を出した。青年は驚きつつも、すぐに理解し、怯えた表情で頷いた。
「は、はい!」
その言葉を残して、ヒョロヒョロの男は慌てて路地を駆け出していった。残されたのは私と、この謎の男。私は体中に痛みを感じながら、彼に視線を向けた。
「そんで、こんな骨まで折れてボロボロになって…相変わらず血気盛んだな」
汚れや服を拭きながら彼は話す。
一瞬咳払いした後再び口を開いた。
『この言語分かるか?』
私は一瞬、驚いたように彼を見つめたが、すぐにその驚きを隠した。そして、少しの間沈黙した後、口を開いた。
『……お前!』
その瞬間、私は確信した。
言葉が通じる。
これは普通ではありえない。彼もまた、私と同じくこの異邦人だ。転生者か、もしくは別の方法でこの世界に来た者である可能性が高い。
『貴様は誰だ?』
『俺はお前と相打ちした勇者だぜ。魔王様?』
『は……?』
その言葉を聞いた瞬間、私は思考が止まった。勇者? 私と相打ち? そんな馬鹿な。彼の言葉が何を意味しているのか、頭の中で整理しようとするが、衝撃が大きすぎて言葉が出ない。
『どうやら、俺とお前は兄妹らしい』
静かにそう続けた。その言葉がさらに私を混乱させた。兄妹? 彼が、私と? 私は魔王、彼は勇者。宿敵として戦ったはずの相手が、今この世界では兄として私と繋がっているというのか?
『冗談だろ……?』
思わず声が震えた。だが、彼の表情は真剣そのもので、冗談を言っている様子は一切ない。私と相打ちしたあの勇者が、まさかこの世界で兄妹として再び出会うことになるとか…最悪だ。
『露骨に嫌な顔するなよ…まぁ仕方ないけど。俺たちはこの世界では同じ家族に生まれ変わったようだ。お前も気づいていたんだろ? 自分が誰かの体を持っていることに』
彼の言葉に、私は言葉を失った。確かに、この少女の体を手に入れた時から、何か違和感を感じていた。急に泣き出す見知らぬ女の存在や、謎の少女の体。
『とりあえず、移動しながら話そう』
彼はいいから乗れ、と指で何度もサインを送ってくる。背中目掛けて向かってウィンドを構えた。
『バカか?敵に背中を向けるとは』
『殺すってか?お前の体と魔力総量考えてみろ。返り討ちだぞ』
確かに、今の私では勝ち目はない。大人しく従うほかない。構えていた魔法をしまい、背中に身を預けた。力強い腕で持ち上げられると、自然と安心感を感じた。
『にしてもこの体は、貧弱すぎる』
私は悔しさを滲ませながら呟いた。かつての魔王としての強靭な肉体と、この少女の肉体のあまりの違いに。
『この体、かなり無理をしていたみたいだ』
私の言葉に応えながら、ゆっくりと手を私の太ももにかざした。次の瞬間、温かな光が彼の手から漏れ始めた。
『何をしている?』
私は警戒したが?彼はただ微笑んだままだった。
『治癒魔法だ。俺が使えるのはお前とは違う力だが、今はこれが一番だろう』
そう言いながら、彼はさらに手を私の背中に近づけ、魔力の温もりが体中に広がっていくのを感じた。痛みが徐々に和らぎ、体が楽になっていくのがわかる。折れていた足も段々と修復されていった。
『勇者が、魔王に治癒魔法をかけるとはな』
私は皮肉混じりに呟いたが、彼は少しだけ笑いを浮かべていた。
『今は兄妹だからな。あと、どうせこの世界も支配下に置こうとか思ってるんだろ?』
少し皮肉っぽく言い放つ。私は顔をしかめたが、その指摘は的を射ていた。転生後のこの世界でも、かつてのように力を取り戻し、再び頂点に立とうとするのは当然のことだ。
『何が悪い!』
私は自信満々に答えた。
かつては勇者に阻まれたが、この世界で再び力を蓄え、支配者として君臨するつもりだった。だが、彼は首を振って、少し真剣な表情を浮かべた。
『なら、やめた方がいい。お前は今の人間の技術を舐めすぎだ』
そう言って、ポケットから四角い謎の物体を取り出した。光を放ち、表面が不思議に輝いているその物質に、私は思わず目を奪われた。初めて見るもので、魔力の気配も感じられないが、明らかに何か強大な力を秘めているような雰囲気がある。
『これを見てみろ』
彼はその光る物体を、私に差し出した。私は警戒しながらそれを受け取り、じっと見つめた。四角く、薄いが、不思議なほど精密な構造をしている。何かに触れると、さらに輝きが増し、無数の映像や文字が浮かび上がった。
『なんだこれは……?』
『それはスマホって言うんだ。今の人間の世界では、こんな小さなもので膨大な情報を扱える。お前が考えている魔法なんかより、はるかに進んだ技術がこの世界にはある』
私はその言葉に驚き、再び「スマホ」を見つめた。
『戦車に戦闘機、アサルトライフルにミサイル、核爆弾。正直、魔法なんてものより何倍も強い』
そのまま次々と映像を表示していく。戦車が大地を揺るがしながら進軍し、空を戦闘機が轟音と共に飛び回り、アサルトライフルが火を噴いて兵士たちが戦っている映像が目に飛び込んでくる。
私が魔法で築き上げた力をこんなにも軽々と超えるのか? もはや、人間の方が魔王に近いかもしれん。私が知っている世界とは、全く別の次元にある力…技術というものだ。
『これが……今の人間なのか?』
かつて魔法で人間を屈服させた時代は終わったのかもしれない。この世界では、魔法よりも強力な技術が支配している。それは私にとって想定外の事実だった。
『そういうことなら……』
私はスマホを彼に返し、少し思案した。そして、決意を固めるように頷いた。
『世界を支配したいなら…まずは、人間として生活し、人間のことについてもっと知る必要があるってことか?』
彼は私の言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。
『そうだ。お前が力を取り戻したいなら、この世界の現実をもっと理解する必要がある。今の人間は、前世の人間とはまるで違うんだからな』
『なるほどな』
私は深く考え込みながら、彼の言葉を受け入れた。力を取り戻すためには、まずこの世界のことを知り尽くさなければならない。そして、それを超える手段を見つけ出すことが必要だ。
『だが忘れるな。いつか、この技術も支配してみせる』
私は微かに笑いながら言った。彼はその言葉に対して特に反論することもなく、ただ歩き続けた。
『ま、その時はその時だな』
そう言って歩き始めた。
最初のうちは、目を開けて周囲を確認していた。だが、いつの間にか意識が遠のき、再び目を覚ました時には、脱出した建物まで戻っていた。以前に脱出した時とは異なり、周囲は若干騒がしく、何やら喧騒が聞こえてくる。
『流石に患者がいないとなると騒がしくなるよな』
『なぜ騒ぎになる?私は捕まって牢屋にでも入れられていたのか?』
だが、記憶を振り返る限り、そんな扱いを受けた覚えはない。鉄球で拘束されることもなく、見張りもたった一人。それに、窓も自由に開けられ、逃げるのは容易だった。警備の甘さが目立ちすぎる。
『捕まったって……いや、そういうんじゃないな。治療のために泊まり込んでいた、って感じだ』
『戦場の負傷者を集めている治療場、ということか』
『まあ、そういうことにしておいてくれ』
少し困ったように苦笑いを浮かべ、話をはぐらかすような調子で返事をされた。どうやら、この世界では私が「捕らわれの身」ではなく、単なる患者として扱われていたらしい。
『さて…治療所に戻されてしまったな…どうしたものか』
再び脱走する手段を考えていた時、遠くから足音が2つこちらに向かってくるのを感じ取った。1つは、息を切らしながら全力で走っている足音。そしてもう1つは、ゆっくりとした歩みであるにもかかわらず、すぐに追いついている足音。
「魔緒!」
突然、ドアが勢いよく開き、今にも壊れそうな音を立てた。私は反射的に視線を向ける。そこに現れたのは……ああ、私が眠らせた女か。彼女は、私を見つけた途端に血相を変え、真っ直ぐ駆け寄ってきた。
「大丈夫?怪我してない?」
彼女は私の手を取ろうとし、心配そうな顔で何度も私を見つめる。その切迫した様子に、私は少し戸惑いながらも冷静に返答する。
「問題ないよ。トイレ篭ってただけだし」
私は思わず彼の方に視線を向けるが、こちらに合わせろと視線を送られた。
「良かった……」
私が脱走する前も、彼女は一瞬こちらを見て安堵の表情を浮かべていた。それにしても、こいつは一体何者なのだ?私をこんなにも心配し、涙まで流して――。
「さっきから魔緒の様子が変だけど……私のこと、忘れちゃった?結城愛美よ」
彼女は自分の指で何度も自分の顔を指し、私が彼女のことを覚えているかどうかを尋ねているのだろう。
だが、私はこの女のことを全く知らない。無言で首を横に振った。
「俺と同じで、記憶が曖昧みたいなんだ。言葉も話せそうにない。でも、時期に治るから」
「そう…でもね、生きてくれるだけでお母さんは嬉しい」
また泣いている。
人間は、こうも簡単に泣く生き物なのか。こちらの頭目掛けて、手が伸ばされた。警戒姿勢を取る余力もなく、受け入れた。やられた事は、頭を撫でることだった。不快感はない。むしろ、心が浄化されていく気持ちになった。
数日後、私は無事に退院した。
彼は退院の手続きを終え、私と並んで病院の出口に向かって歩いていた。こんなに簡単にこの場所を後にできるとは、まだ信じられない気持ちだった。
『さあ、家に帰るぞ』
隣にいる勇者…今や兄とされる彼が、私を促すように言った。その言葉に、私は少しだけ目を細めた。彼にとっては「家」だろうが、私にはその言葉がしっくりこない。結局のところ、この世界での私の立場は仮のものに過ぎない。
外の空気は冷たく、澄んでいる。
『家に戻れば、またあの女に会うのか……』
私は軽くため息をつきながら呟いた。退院はしたものの、そこには「結城愛美」と名乗る私の母親とされる女が待っている。それに対して私はどう接すればいいのか、未だに答えは出ていない。
『そうだ、この世界での呼び名を教えてやる。俺は「隼人」って名前で、お前は「魔緒」って名前だ』
隼人が静かにそう告げた。私の新しい名前は「まお」らしい。それはかつての名前を思わせる響きがあり、どこか皮肉なものを感じさせた。
『…まお、か』
『それと、この世界で生きていくなら、人間のルールを覚えろよ』
隼人が少し真剣な顔つきで言葉を続けた。私の視線をしっかりと捉え、重々しい口調で続ける。
『殺しも窃盗もダメ、喧嘩もダメだ』
『面倒だな…』
私は小さく呟いた。
自動でドアが開き、病院の前で待っていると猛スピードで車が病院に走ってきた。
「ただいま!魔緒連れて帰ってきたよ」
病院を出ると、車の中からすぐに「母親」である結城愛美が私に駆け寄ってきた。そして、そのまま私に勢いよく抱きついた。
「魔緒! 退院おめでとう!」
その瞬間、私は驚愕した。
女とは思えないほどの強烈な力で、全身を締め付けられるように抱きしめられ、まるで身動きが取れない。まるで鉄の拘束具で縛られているかのようだ。
『こいつ……能力者か!? 一歩も動けん!』
私は必死に身を捻ろうとしたが、その力には抗えなかった。この世界の普通の人間にこんな力があるとは考えられない。
『まぁ、魔法よりかは強いな』
隼人がニヤリと笑って言う。その言葉が私の耳に届くが、何を意味しているのかまるで理解できない。魔法より強い? そんな馬鹿な話があるか。
『はぁ……!? 意味がわからん!』
私は困惑しながらも、ようやく彼女の腕の中から解放された。体中に残る感覚が、未だに圧倒的な力を物語っている。だが、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
『そのうち分かるさ』
隼人は優しく微笑んで、私の肩に軽く手を置いた。何かを達観しているようなその表情に、私は再び苛立ちを感じたが、それ以上の追及は無駄だと判断した。
『はぁ…?』
私は不満げに鼻を鳴らしつつも、目の前にいる「母親」を一瞥した。彼女の愛情は、言葉や態度だけではなく、その物理的な強さからも伝わってくる。私が魔王であろうとも、この世界での「家族」としての関係は避けられないらしい。
こうして、人と魔王である私の生活が始まった。
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