決意の言葉と、出来る事


  *


「──じゃあ、その蝮澤って女性が核で確定なのね。恐らくは、誰かがその人の魂を使って『蛇』の原型を作って、八木って女性の魂を喰わせて完成させた……ってあたりが妥当なのかしら」


「恐らくはそれで間違い無いと思います。更に下のグループの社員達をも殺して取り込ませ、大きくして何かをしようと企んでいる、という流れかと。飽くまで推論ですが」


 三人は昼過ぎにスガタの部屋に集まり、ムクロが弁当屋で買って来た惣菜類で遅い昼食を摂っていた。加賀地はスガタが近辺の店で調達してきた服に着換えてもそもそと弁当を口に運んでいる。


 加賀地が語った『夢』の内容を、二人は否定する事無く事実として受け止めた事に、加賀地は驚いていた。ただの妄想と判断されるのではないか、とおずおずと切り出した加賀地の言葉を、二人は真剣に聞き認めてくれたのだ。この二人なら蝮澤の魂を救ってくれるのかも知れない──加賀地はこの二人を信じようと心を決めた。


「それで、……俺にも何か、出来る事はある? 俺、何でもやるから。もう会社とか関係無いし、出来ればもう、化物になってたとしても蝮澤さんに人を殺して欲しくない」


 少し赤みが残る加賀地の瞳は真剣そのもので、そんな加賀地にスガタは真面目な顔で頷いた。


「あります。でも、少し危険に身を晒す事になりますが──」


「いいよ俺、何でもやるから。姐さん達が来てくれてなかったら、俺、とっくに死んでたし」


 口調は軽いがその覚悟は本物なのだろう。加賀地の吹っ切れたようなあどけない笑みに、ムクロもまた微笑を返した。


「いいわ、その意気。じゃあ君には、アレをやって貰おうかしら」


「……アレ? アレって、一体?」


 純粋に疑問を浮かべる加賀地に向かって、ムクロは艶然と笑んだ。すい、と右腕が動き、深紅のマニキュアが塗られた爪が加賀地を指す。


「──餌よ。君には、『蛇』をおびき寄せる囮になって貰うわ」


  *


 時刻は深夜零時を過ぎたところだった。頭上には殆ど円となった大きな蒼月が輝いている。


 スガタとムクロ、それに加賀地の三人は例のビルの屋上に身を潜めていた。屋上への扉は鍵が掛かっていたが、加賀地が『役』のメンバーが居ない時間を見計らい、オフィスから鍵を持ち出したのだ。『役』の面子は殆どが夕方以降しか出社して来ないのだ。加賀地がオフィスに顔を出しても下のグループの者達は目を逸らし、何も見なかった素振りをしてくれた。


「それで主任、今日こそ『アイツ』は来るんでしょうね? もし今日も間に合わなかったら、計画が全部パァよ、パァ」


「そこは問題ありません、既に近隣に待機しているようですので。合図を出せば直ぐに駆け付けるとの事」


「何よ勿体付けて……とっとと合流すればいいじゃないの」


 呆れたように溜息をつき、ムクロは長い髪を掻き上げる。絹糸の如きワインレッドが蒼白い月光を反射し、神秘的な艶を放った。その様子をぼうっと眺めながら加賀地が疑問を口にする。


「そのお仲間さんって強いの? 姐さんも化物八つ裂きにしてたし、相当強いように思うんだけど」


 ああ、とムクロは肩を竦めて深淵めいた瞳で加賀地を見遣る。


「『アイツ』と私だと何て言うか、得意分野が違うのよ。私は近接専門。だから空を飛ぶ敵相手だと、手の届かない空へ逃げられると手出し出来ないのよ、高く跳躍しても限界があるし」


「同様に、小生も基本は銃器担当でして。こういった街中ですと大口径の銃火器は扱えませんしね……適材適所、という事です」


 ムクロの説明に被せられたスガタの補足に、なるほど、と加賀地は納得する。人間相手ならともかく、空を飛ぶ巨大な化物相手ならばライフル程度では通用しないだろう。とするとその仲間は空を飛べるんだろうな、と加賀地は想像した。どんな人物なのだろうかと不謹慎ながらも少し心が湧き立った。


 ──しばらく周囲の様子を窺いながらぽつぽつと会話を交わしていた三人だったが、不意にチィ、という泣き声に動きを止めた。見るとスガタのペットである蝙蝠のニィが、屋上の縁から下を向いてチィチィとスガタを呼んでいる。


「何か変わった事がありましたか、ニィさん。──おや、あれは……」


 スガタに次いでムクロと加賀地も縁に近付き、そっと地上を見下ろした。そこはどうやらビルの裏手、駐車スペースに当たる場所のようだ。思ったよりも明るい月光の下、誰かが佇んでいるのが見て取れた。


「あれ、フロッグメイトの誰かかしら? 加賀地君、分かる?」


 小声で投げられたムクロの問いに、加賀地は無言でじっと目を細める。暗くて分かり辛い上に角度の所為で顔が見えないが、髪色と服装から恐らくは、という人物を一人思い浮かべる。


「顔が分からないから多分だけど、……あれ、井森じゃないかな。オレンジの頭とネオングリーンのダウンなんて取り合わせ、そうそう他にいないし」


「井森と言うと、名前リストの最後の方にあった井森一矢という人ですか?」


「そうそうそいつ。井森、何でこんな時間に、しかも一人で……?」


 不思議そうに下を見遣る加賀地の隣で、スガタとムクロは厳しい表情でその人物を睨んでいた。遠すぎて何をしているのかははっきりとは分からないが、どうやら地面にしゃがみ込んで手を動かしているように見受けられる。


「……多分、あの人が犯人ですね。いや、一人だけとは限りませんが、少なくともあの井森という人が関わっているのは確かなようです」


 スガタが静かに呟く。──スガタの紅い眼は、夜闇の中でもはっきりと井森の行動を細部まで認識する事が出来ていた。独特な手の動きは、何かを召喚する為の魔法円を宙に描くものに違い無かった。


 ──途端、ビリ、と電流の如く悪寒がムクロのうなじを走り抜けた。無意識に構えるムクロの横で、スガタもまた表情を険しくする。


「──来るわよッ」


「……来ます!」


 二人が同時に声を上げる。張り詰める空気に、加賀地が慌てて飛び退る。


「来るって、まさか、本当に蛇が──」


 恐怖に声を震わせる加賀地に、振り向かずにムクロは告げる。


「大丈夫よ、加賀地君。──君は、私が護るわ」


 だからね、とムクロは続ける。その声色は少し楽しげで、風が揺らすワインレッドの髪は相変わらず神秘的で、その立ち姿は凜々しくて。


「だから安心して、囮になって頂戴ね」


 その艶めかしい声はとても魅力的で。だから加賀地は、震えを抑えてムクロの言葉に息を飲み、ゆっくりと頷いたのだった。


  *

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