春夏秋冬の接着剤系女子の恋愛指南

九戸政景

「ねえ、君でしょ? 好きな子がいるっていう男の子は!」



 ある春の日、僕は突然声をかけられた。放課後になってみんなが帰り始めたり部活動に行き始めたりする中、目の前には一人の可愛い女の子がいる。


 背丈が少し低めのその子はツヤツヤの短い茶髪と明るい笑顔が眩しい子で、少々やせ形ではあるけれど不健康と思うほどに痩せているわけではなかった。



「あの、君は……?」

「私は播磨はりま法子のりこ、気軽にミスボンドって呼んでよ。恋野こいの愛斗まなと君」

「ミス……ボンド?」



 ボンドと聞いて浮かぶのはいくつかある。英国のスパイやそれぞれ秘密を抱えた家族が飼っている白い犬、そして木工用などで売られている接着剤だ。そんな事を考えていると、播磨さんは目をキラキラさせながら机の上に手を置いた。



「私、これまで色々な子の恋を成就させてきたんだ。それで接着剤みたいだって事でミスボンドなんだよ」

「なる……ほど?」

「それで、君も恋に悩む男の子だって聞いてきたからこうして君のところに来たの。君が好きな子……ズバリ! このクラスの月野つきのはなちゃんでしょ?」

「そ、そうだけど……声が大きいよ……」



 僕は慌てながら播磨さんに言い、窓の方に視線を向ける。そこには僕が好きな人であり、校内での人気が一番だと言われている月野さんがいた。クリクリとした目と黒いセミロング、澄んだ声にスタイルのよい体型、と色々な男子の心を奪ってきた月野さんに僕もこころを奪われていて、自分では釣り合わないと思いながらもいつか告白出来たらと思っていた。



「えーと、つまり……僕が月野さんと付き合えるように色々取り計らってくれるってこと?」

「そう! ということで、善は急げ! まずはついてきて!」

「ついてきてって……」



 困惑する僕をよそに播磨さんは教室の外へとかけていく。



「あっ、播磨さん!」



 慌てて僕はついていく。その背中に何か視線を感じた気はするけれど、それよりも播磨さんを追いかけないといけなかったため、僕はそれを無視して同じく教室の外へと駆け出した。すると、播磨さんはドアの前にいた。



「あ、いた」

「ふふ、いきなりでごめんね。でもまあ、時は金なりっていうじゃない? 考えるのも大事だけど、時にはズバッと決断を下すことも大事だからね」

「それはそうだけど……それで、どこかに行くの?」

「うん。ほら、ここの高校の裏庭には願いが叶う桜の木があるでしょ?」

「うん。強い願いをこめながら桜の木に祈ると、その願いが叶うって言われている奴だよね?」

「そう。まずはそこに行って、桜の木のご加護を貰おうかなって。それじゃあ早速レッツゴー!」



 播磨さんはノリノリでずんずんと進んでいく。その強引さに少し呆れながらも僕はその後をついていく。数分後、僕達は件の桜の木の下に立っていた。桜の木は見事に満開で、風で揺れた枝の先についた花から花びらが離れると、それは風の中を舞ったりヒラリヒラリと僕達に落ちてきたりしていて、それはまるで春の妖精が楽しそうにお花見をしているようだった。



「綺麗だね……」

「うん。ただ、好きな女の子が一緒にいた時には、桜よりもその子を褒めてあげたりその子と一緒にいるから桜がより綺麗に見えるんだみたいな言葉をかけてあげた方が喜ぶ場合もあるからね。そういう一つ一つの積み重ねが恋愛成就に繋がるよ?」

「そうなん――」



 その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。すると、その風で僕の体は揺れて播磨さんの方へ倒れていき、突然の事に反応出来なかった播磨さんもそのまま倒れこんだ。倒れこむ瞬間に目を閉じたが、その時に土に手をついたにしては柔らかい何かに触れたような感触があった。



「いてて……」

「あたた……は、播磨さんだいじょう……ぶ……」



 目を開けた瞬間、その目は更に見開かれた。土に触れているにしてはどおりで柔らかい感触がすると思ったら、僕の手は播磨さんの胸の上にあり、形としては僕が播磨さんを押し倒して胸を触っているような見た目になっていた。



「あ……」

「あはは……まあ、君も男の子だしねえ……」

「ご、ごめん! と、とりあえずすぐに退くから!」



 顔をうっすら赤くする播磨さんの胸から手を離して立ち上がると、播磨さんもゆっくりと立ち上がって制服のスカートをパンパンと払い始めた。



「土で少し汚れちゃったかな……」

「あ、それならこれ使う?」



 僕は学生服のポケットからウエットティッシュを取り出す。ハンカチや普通のティッシュと一緒に普段から持ち歩くようにしていたけれど、どうやらようやく役に立つ時が来たようだ。ウェットティッシュの存在に播磨さんは目を丸くしたけれど、すぐに感心した様子でそれを受け取った。



「ありがとう。こういうのも結構恋愛においてポイント高いんだよ?」

「そうなの?」

「うん。今みたいに何かで汚れた時にウェットティッシュがあればすぐに綺麗に出来るからね。こういう小型の奴を持っているだけで出来る男の子を演出出来るよ」

「そうなんだね。恋愛って難しいんだなあ」

「だからこそ成就した時の達成感はすごいみたいだよ……と、これでいいかな」

「あ、ゴミは僕が持ち帰るからこっちに渡して」



 播磨さんからゴミを受け取ると、播磨さんは更に驚いた顔をした。



「思ってたよりもスマートに色々出来るみたいだね。これは月野さんと付き合い始めるのも秒読みかな?」

「そんな事ないよ。僕はこれといってかっこいいわけでも優れたところがあるわけでもないからね」

「好きっていうのはそういう見た目とか実力だけが物を言う世界じゃないようだよ? これまでも相手の何気ない優しさに惹かれたって子もいたし、気遣いが出来る恋野君に月野さんが惹かれる可能性は十分にあるよ」

「そう、かな……」

「うん。ということで……」



 播磨さんは自分の腰の後ろに手をやると、僕を見ながら花が咲いたような笑みを浮かべる。



「改めて、恋愛指南役として頑張るからこれからよろしくね」

「う、うん。よろしくね」



 まだ困惑はしている。でも、月野さんと付き合いたい気持ちはある。だから力を借りてみよう。可愛らしい播磨さんの笑顔を見ながら、僕は桜の木の下で強く思った。

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春夏秋冬の接着剤系女子の恋愛指南 九戸政景 @2012712

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