化け物殺しの天魔弘毅
長尾 景一
第1話 化け物殺しの天魔弘毅
闇深くなる深夜に現れたソレは人の大きさを優に超えていた。
頭と羽は蝙蝠で胴体と手足は猿のようになっている化け物。
薄暗い闇夜の中、その化け物は雑居ビルの屋上に立っていた。
この世のものではない獣。
いわゆる魔獣である。
この世界とは別の異世界からやってきた化け物。
かつていた世界では人々からは魔獣エンコーエンと名前を付けて畏れられているが、そんな化け物が今震えていた。
理由は簡単だ。
目の前にいる存在が自らを上回る化け物だったからだ。
魔獣の前には一人の男が立っていた。
真っ赤な髪に百八十を超えるスラリとした長身。強面の男はジッと魔獣を睨みつけている。その迫力は魔獣を先ほどから動けなくさせるほどだった。
男は馬鹿でかい大剣をずるずると引きずりながら、ゆっくりと魔獣の前に近づいてくる。大剣は男が元から持っていたわけではない。
魔獣エンコーエンがこの男の前に現れた時から、亜空間から必ず相手に対して優位になれる武器を生み出す能力。
これが男の持つ異能力だった。
『
武器を手にした瞬間、頭の中に使い方が流れる。
今回の魔獣はなんの能力も持たないため、彼にとって使いやすくエンコーエンの首を斬り落とせる長さの丁度いい武器が選ばれた。
漂う静寂の中、男が口を開く。
「オレはよぉ、ちょっと今機嫌が悪いんだ。朝からクソみてえな先輩に喧嘩売られて、それをボコって、昼にはゴミみてえなヤクザ共に因縁をつけられてはそれをボコって、そんなことしてたらまた周りの人間から恐がられちまってよ。オレは花も愛する心優しい博愛主義者なのによぉ」
魔獣は何も答えない。いや、何も答えられない。
元より、人の言葉を理解できるほどの知能はないとはいえ、黙っているのには理由があった。
さっきから男の眼は一ミリたりとも魔獣から目をそらすことがないからだ。
決して魔獣を視界から逃がそうとはしていない。
「わかってる、わかってるんだ。すべてはこのでかい図体に強面な顔が悪いんだ。これがどこぞの二刀流の野球選手みたいに甘いマスクをしていたら、まだマシだったかもしれねぇけどよぉ。オレの顔はお世辞にもそんな顔とは程遠い。なんつーかヤクザ映画にでも出てきそうな面構えなのは自分でもわかっている、わかっちゃいるんだ。でも、しょうがねえだろ。誰だってテメエの顔をすぐには変えられねえんだからよ」
男がじりじりと近寄ってくる。
その度に少しずつ後ずさりをする。
本能的に魔獣エンコーエンはわかっていた。
この男には敵わないと。
「だからよぉ、オレはもう少し優しくなるべきだったと思うんだよ。朝のクソみてえな先輩にもしばらく立てなくなるまで殴るんじゃなくて、もっとソフトに一発で気絶させるくらいにしておいて、昼のゴミみたいなヤクザ共も病院送りにするんじゃなくて、その場で話せなくなるくらいにまでしておくべきだったんだ。もっと優しくなれば周りの目も変わったと思うんだ」
大剣の柄を強く握りしめる。まるで職人が鍛えたかのような業物の一品を。
魔獣に向かってゆっくりと大剣を肩の上にのせて構え始める。
優しさとはまるで正反対の行動をとった。
「でもよぉ、テメェはぶっ殺す」
男は博愛主義者の意味をよくわかっていなかった。
「お前は、もしかしたらカワイソーな奴なのかもしれない。それこそお涙頂戴の感動映画が一本作れるくらいの悲劇的な奴だったのかもしれない。もしかしたら、本当は家族を食わせるために人を襲ったのかもしれない……でも、そんなの関係ねえ、殺す」
男は優しくなかった。
魔獣は叫び出し、男を追い払おうとした。
常人なら恐怖して逃げ出すだろうが、男は決して逃げない。
「理由はオレの前にテメェという化け物が現れたからだッ」
男は理不尽だった。
大剣を振りかぶりって、斬る準備を始める。
魔獣はすぐに斬られる気配を察知して、殴りかかった。
コンクリートが粉々に割れるもそこに男はいない。
「ばーか、こっちだよ」
男は魔獣から見て、左側に立っていた。
すんでのところで魔獣の拳をかわし、横に避けたのだ。
「おらああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ」
大剣を振りかざし、魔獣の片腕をバターを切るナイフのようにさっくりと切断した。魔獣が声にならない悲鳴を上げる。
その様子を男は平然と眺めた。
「へぇー、力任せにやったが、骨ごと斬れるなんてな。なんの能力もねえが、こいつ用に亜空間から持ってこれただけある」
大剣に感心している隙に斬られた片腕を抑えて魔獣は翼を広げて空へと逃げた。
この男にはどうやっても勝てない。ならば、逃げてしまおうと思ったからだ。
それを見逃す男ではなかった。
なんせ男は優しくなかったからだ。
「逃がすかああああぁぁぁぁぁ」
大剣を振りかぶって勢いよくブン投げた。
ストレートに飛んでいき、魔獣の胴体へと大剣が突き刺さる。
大剣は魔獣のあらゆる臓物を裂いていく。
胴体に大剣が刺さった魔獣は力なく落ちていった。
大地にぶつかり、凄まじい音を上げながら魔獣は墜落した。
男はゆったりと歩いてきて魔獣へと近寄る。
胴体に刺さった大剣をゆっくりと抜く。
「一応、とどめをさしておくか」
「ヴゥゥン。ヴゥゥゥゥゥンン」
「無駄だぜ。今更そんな声を上げて命乞いしたところでよぉ。テメェはすでに人を食っているんだからよ」
大剣を振りかざして首を片手でスパッと一刀両断する。
魔獣エンコーエンはあっさりと絶命した。
事が終わり、男は使い終わった大剣をその辺にポイっと捨てた。
大剣は魔獣が絶命するやいなや、黒い泥へと変わってはやがては消えていった。
ポケットからスマートフォンを取り出す。
まるで何事もなかったかのように。
「あー、もしもし井上さん。終わりました。化け物死にました。もう帰っていいですよね。後片付けはいつも通りそっちに任せるんで」
言いたいことを言い終えると男は通話を切る。
口に手をあてて、あくびを噛み殺しながら
「ったく、化け物が現れたせいでこんな時間に起きることになっちまったよ」
男は悠然とその場から去っていく。
大事をなしたというのにその事をなんとも思っていなかった。
男の名は
周囲からは化け物殺しの天魔弘毅と呼ばれていた。
化け物殺しの天魔弘毅 長尾 景一 @minamoto_ren
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