後日談
1 DTMってなあに?
穏やかな陽射しがガラス越しに入ってくる。
時々、肌寒さを感じる、この季節にはありがたい温もりだ。
「うっわー……やばい……
「そうだねー……」
大学内に設置された談話コーナもといフリースペースで宇汐と二人。
窓辺近くの場所を確保できた俺たちはぬくぬくと陽射しを味わっていた。縁側にいる老夫婦のごとくのほほんとしていると、すぐ隣でグシャグシャと紙を憎々しく丸める音が聞こえた。そしてーー……
「はぁっ」
ゼロ距離で勢いよく吐き出されたため息。
かなり険悪な空気である。
「……あゆか。ちょっと息抜きしたらどうだ?」
あまりにも切迫した雰囲気から声をかけてみる、が。目が充血し、薄くクマが浮き出ているあゆかの迫力は、正直、おどろおどろしい。
「えぇ?」
思わずのけ反りたくなるほど、ドスが効いた声。
心なしか全ての言葉に濁点が付いているよう感じる。
あゆかは目尻をますます上げて口(くち)を開いた。
「ウチには時間がないのよっ!」
比較的空いている時間とはいえ、あゆかの声はよく響いた。
チラチラと集まる周りの視線に、気まずくなりつつ、小さく頭を下げて謝罪の気持ちをアピールした。周囲の視線がそれぞれのところに戻ったところで、再び、あゆかをみる。
あゆかはイライラとペンを指先で振り回し、たくさんの音符が書かれた紙を睨みつけるように見ていた。
「……歌詞ができないんだっけ?」
隣にいる宇汐に肩を寄せてそっと小声で話しかける。
宇汐は苦笑しながら俺の疑問に答えてくれた。
「そうみたい。今度のライブに間に合わせたいらしいんだよねー」
「……そこそこの頻度でライブやってるし、別に、今度のライブじゃなくてもいいんじゃねぇの? ライブの曲目なんて別に、当日聞いてわかるもんだろ?」
インディーズアーティストのライブなんてあゆか以外、行ったことはないけれど。プロのアーティストのライブで曲目を事前に発表なんて聞いたこともないから、たぶん、ライブってそういうものだろうと思った。
「良。あゆかに怒られるよ」
しかし、宇汐はふっと目元を下げ、困ったように笑った。
「げっ。なんで」
「アーティストが事前にライブの曲目を発表する、なんてことは良の言うとおり、ほぼないよ。まぁ、アルバムとかそういうタイアップがない限り、予想がつけにくいよね」
あごに手を当て、すこし考えるような仕草をする宇汐。
「だろ」
「でもね。ライブの曲目って、季節だったり、その時々のテーマやその時らしさでラインナップするんだよ。考え方は色々あるけど。例えば、春といえば桜って感じで、春っぽい歌が聴けたらより気持ちも盛り上がるでしょ?」
「ほー」
言われてみれば、テレビなどの音楽番組などで春先に流れる曲、冬によく聴く曲など、特徴があることを思い出した。
そう納得していると、宇汐は言葉を続ける。
「で、新曲の発表とかのタイミングも、それに近くて」
「うん?」
「あゆかはあゆかなりに考えているタイミングがあって、それが今度のライブってわけ」
「なるほど」
あゆかは豪快なところが多々あるので、
「だから、さっき良が言ったことをあゆかに言ってたら、もれなくグーパンだったよ」
そう言って、宇汐は拳をつくって俺の胸を軽く叩いた。
「お、おぉ……あぶねぇ」
それがあゆか本人だったらと思うと、遠慮なく叩くだろう。
そうなった時の想像しただけで胸に緊張感が走る。素朴な言葉ではあったが、投げた相手が宇汐でよかった、と胸をなでおろした。
「でも」
「ん?」
「俺が言ったのってキレイごとみたいな感じだし、実際、けっこー難しいんだよー」
宇汐にしては珍しく深々とため息をこぼした。
「そうなのか?」
「うん。そうなんだよー。パフォーマンス、エンターテイメントって独りよがりになったらおしまい。お客さんが楽しいって思える空間にしなきゃいけないんだよ。まーでも、それは全員に、俺にも言えることだけどねー」
肩を落として、頬杖をついた宇汐はうーんと唸り声をあげた。
「なんで? 楽しいって空間を作ろうと思えば、大丈夫なんじゃね?」
「それ。それが難しいんだよ」
俺を指差すと、眉間にしわを寄せて淡々と語った。
「楽しくしたいと思って、やることが決して”独りよがりじゃない”って言い切れるのか。それって”自己満”って思われた違うし」
「あー……」
「楽しませる努力を押し付けって思われたらさ。いやー、難しいよねー」
すこし寂しげな眉を下げながらも、宇汐は最後に笑った。
「だなー」
明確な言葉で返すことはできないけれど、すこしだけ感じたものはあった。
そして、なんとなくではない、見たいことが定まっている人の視界は広いと、改めて思った。
「もぉー!」
その時、再度、紙をビリビリと激しく裂く音と、グシャグシャに丸める音が聞こえた。
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