第4話
着替えを終えて元の部屋に戻った夢璃は、部屋に足を踏み入れた途端に絶句することになった。
「えっ? つか……さ?」
見慣れた赤金色の鱗が、床の上で窓辺からの日差しを浴びて儚く輝いていたからだ。
近くには金魚鉢が倒れており、そこから溢れた水が畳を濡らしている。
ギクリとした夢璃は、水に濡れることも気にせずに慌てて駆け寄り司に声をかけた。
「ど、どうしたの? どうしてこんな場所に……」
しかし、司はいつものように言葉を返す様子はない。
小指の先で恐る恐る鱗に触れてみてもピクリとも動かない様子は、普通の金魚が息を引き取ってしまった様子そのもので……。
「う、そ……」
(死ん、でる……!? もしかして……私を助けようと思って、ここから出ようとしたの!?)
夢璃を心配した司が金魚鉢から飛び出してしまい、水のない場所で息を引き取ってしまったのだろう……と彼女は思った。
夢璃は近くにあった布の上に司を優しく寝かせてあげると、小さな声で親愛なる友人でもあり家族でもあり、そしてそれ以上の存在でもあった金魚に懺悔する。
「苦しかったよね、司……。ごめんね……」
一族のために死ねと日葵から言われても零れなかった涙が、司の死を悲しむ夢璃の頬を伝う。
(でも、霊力をあげたら司は長生きするって、言っていたのに……!)
「う……っく……」
夢璃の脳裏に司との思い出が蘇り、彼女は嗚咽を漏らした。
(ううん、違う。私のせい! 一緒にいてくれるって約束してくれたのに、私が……生きることを諦めて、約束を破ってしまったから……!)
「うぅっ……。司……つかさぁ……!!」
夢璃が後悔に苛まれる中で、日葵の冷たい声が室内に響く。
「お姉様の大事な金魚、先に死んじゃったのね。後を追えて良かったわね? クスクス」
「……」
(そ……っか。いま私が死ねば、司と一緒に天国に行けるかもしれないね……)
「じゃあ行きましょ」
夢璃は司を抱えたまま、日葵のあとを着いていく。
あばら家を囲う生垣の白椿は、すべて切り落とされてしまったらしい。
切り落としたあとに使用人達が拾い損ねたと思われる椿の花が一輪だけ、道端に落ちている。
その様子は、白椿の刺繍の白装束を纏う夢璃を見送るようでもあった。
夢璃が連れてこられたのは、花園家の中央にある池だ。
水面には数えきれないほどの白椿が浮かべられている。
生垣として咲き誇っていた椿達は、儀式のために切り取られたのだろう。
「ひっ……」
しかし浮かぶ白椿の様子は、夢璃には純白の鱗を持つ金魚が力なく浮かんでいるようにも見えてしまう。
夢璃の手のひらに収まり続ける司の儚い姿を思い出し、彼女は悲鳴をあげそうになった。
「今更怖気づいたの?」
「い、いえ……」
「早くしなさいよ」
夢璃は日葵の指示に従い草履を脱いで池に入る。深さはちょうど夢璃の胸の高さまであった。
(こんな風に広い池で、司が自由に泳ぐ姿を見てみたかったな)
不意に、司を思った夢璃が、再び涙を零しながらも夢想する。
(きっと、綺麗だったと思うの)
池の周囲の喧騒に気付いた夢璃が顔を上げると、花園家に名を連ねる者達が集まっていた。
中には、姉妹の両親の姿もあるが、死に逝く夢璃のことを気遣う素振りはない。彼らは日葵の次期当主の祝いと、秘術のお披露目を見に来ただけ。
両親だけでなく日葵や親類……皆が、夢璃のことを儀式に必要な霊力を供給する贄としか思っていないことが、彼らの態度で容易に理解できる。
(私を心配してくれたのは、司だけだった……)
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