第3話

 儀式当日の早朝。

 次期当主の日葵自ら、夢璃の衣装を持ってあばら家までやって来た。


「これがお姉様の衣装よ」

「え……これ、は……」

「清廉で素敵でしょう?」


 しかし夢璃は、日葵が手渡そうとした衣装を見て、伸ばしかけた手を止めてしまう。

 遠目から見れば、無垢な色の簡素な着物だ。

 それがもし白無垢ならば、嫁に出されると思えるだけ、幾分か救いがあっただろう。

 しかし、妹の手から蔑みの眼差しと共に強引に押し付けられた衣装は……。


『死装束じゃないか!? 冗談にしても酷すぎるよ!!』

「見て。裾には花園家の花が描かれているの。ようやく花園家の一員として認められたのよ、お姉様」


 日葵が裾をめくって見せた通り、白装束には大輪の椿がほぼ白に近い糸によって刺繍されている。

 果たして、目を凝らさない限り認識できない花は、一族に認められたと言って良いのだろうか。

 お前は一族に名を遺すことなく死ぬべきだと、しかしせめて一族のために役に立ってから散れと、白装束に描かれた刺繍は物語っている。

 悪意がたっぷりと込められた日葵の微笑みに、夢璃は何かの間違いによって死装束が用意されたのであってほしいと願い、問いかけた。


「死装束のように、見えるのですが……」

「そうよ。お姉様は花園家の悲願のために霊力を捧げるのよ。幸い、お姉様は霊力量だけは豊富だもの」

「た、ただ立っているだけで良いと仰っていたのは……?」

「そうよ。立っているだけで良いの。お姉様が死ぬその瞬間に、術は完成するんだもの」

「……!!」

『本当に夢璃を殺す気!?』


 恐らくもう随分と前から、一家は夢璃を犠牲にするつもりだったのだと、彼女は悟ってしまう。


「わ、私……は……」

「早くしなさいよ。次期当主の私に歯向かう気?」

『そんなもの、着る必要なんかないよ!!』

(でも、断ったらどんな目に合うか……)


 白装束を手にしたまま呆然とする夢璃の白髪を掴むと、日葵は憎しみを込めるように勢いよく引っ張った。


「っう……」

「術師として何の価値もないし、花園家に生まれた者とは思えないこの忌々しい容姿!」

『夢璃!? やめろ! 夢璃をいじめるな!!』


 すぐに日葵の手から開放されたかと思うと、畳の上に放り出されてしまう。


「一族の恥さらしをを花園家が育てていたのは、この日のためよ! 少しでも役に立ちなさい!」


 支えるものを失ったように、夢璃はゆらりと起き上がる。


「……」

『逃げよう! 夢璃!』

(逃げたい……)

『血が繋がっているくせに、夢璃を家族と思わない奴らなんかのために犠牲になる必要、夢璃にはないんだよ!』

(分かってる。でも……)


 司の言う通りにしたい。夢璃はそう思いながらも、俯きながら日葵に答えた。


「着替えます……」

『!? ど、どうして!?』

「最初から従っていれば良いのよ」

『嫌だ、夢璃!!』

「司……」

(ごめんね。こんな残酷な世界で生きていくのが、辛くなったの……。どうせ逃げられないって分かってるから……)

『ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたじゃないか! なのに死ぬつもりなの!?』


 司の言葉は、夢璃には響かない。それでもなんとか夢璃の心を動かそうと、司は叫び続ける。


『行かないで、夢璃!!』


 夢璃は後ろ髪を引かれるような思いで金魚鉢を振り返りながらも、部屋を後にした。

 彼女がいなくなると室内に残されたのは、司と日葵のひとりと一匹だけ。


「さあて。お姉様が戻ってくる前に、もうひとつの贈り物の準備をしないと、ね」


 日葵が金魚鉢に向かって手を伸ばす。

 その直後、盛大な水音が部屋に響き渡ったことに、別の部屋にいた夢璃は気づかなかった。

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