10 - カフカに変身させた妻

 ついに子供を身籠った。私の子供ができてしまった。

 プラスチックの棒の二本線は、本当に反応するものだったのかと驚いた。

 彼に話したら、すぐに籍を入れよう話が進んだ。


 私は知っている。男性という生き物は子供なのだ。伝えた事しか学ばず、教えた事しか手伝えない。妻というのは、夫も一緒に子供として育てるべき存在なのだ。


 それから私は先んじて、夫にあらゆる全てを教えることにした。妊娠、出産、育児。どんな準備が必要で、子供はどう育ち、妊婦の体調はどう変わっていくのか。沢山沢山、夫に話して聞かせた。


 ある夜、随分遅い玄関のチャイム。遅い帰宅だったから心配しながらドアを開けた。そこにはスーツを着たゴキブリが「ただいま!」と元気に立っている。私はビックリしてドアを閉めた。外では聞きなじみのある夫の笑い声。


 気づいた。彼は人間大のゴキブリになって帰ってきたんだ。

 きゃぁっ! すごいデカいゴキブリだ!

 なんて気持ちが悪いんだ!


 私は彼を追い込みすぎてしまったのだ。私の体は母親に変わっていくのに、父親の体は何も変わらない。心を置き去りにしたから、彼はあんな姿になったのだ。


 それからは穏やかに接することにした。

 日々、ただ胎児が育つ事実だけを伝えた。


 毎日出社して真っすぐ帰ってきてくれる。仮に外見がゴキブリだったとしても、彼は正しく今、心で父親になる準備期間にいるんだ。それからは胎動だけを伝えることにした。彼がお腹に触る度、私も確かな喜びを感じた。


 目前の出産予定日。夫を確認するために聞いてみた。

 「貴方、もうすぐパパなんだね」そう告げると、触角を揺らして考え込んだ。

 やがて「君は既にママなんだね」と親しげに答えてくれた。


 残念ながら立ち合いは断られた。

 当然といえば当然だ。彼はゴキブリなのだから。

 でも家に帰れば彼が迎えてくれる。

 私は胸を張って、夫に子供を抱き上げさせるつもりだ。

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