不定期ショートショート

熊埜御堂ディアブロ

最新作

09 - カフカに変身した夫

 なんと彼女が身籠った。私の子供ができてしまう。

 プラスチックの棒の二本線を見せられた後、エコー写真の豆粒を指さされる。

 怒涛の数か月が経った筈だが、妻の笑顔以外に記憶がない。


 私は知っている。女性は子供を持つと豹変するのだ。それは熊のように獰猛になり、蜘蛛のように残忍になる。夫というのは、になっていくのだ。


 なので私は先んじて、ゴキブリになる事にした。路地裏の怪しい幕間の中、水晶石をのぞき込む女に懇願したのだ。「私をゴキブリにしてくれ!」そう叫んだ私を、女は心底軽蔑したことだろう。


 結果、私は人間大のゴキブリになったのだ。

 ひゃっほう! すごいデカいゴキブリだ!

 なんて気持ちが悪いんだ!


 玄関前でチャイムを鳴らす。腹を抱えながら歩く妻は、私を見ると奇声をあげてドアを閉めた。そうだろう怖かろう、と私は腹を抱えて笑った。そうだ、これが私の未来だ。それを先取りしたに過ぎないんだ。玄関前でスーツを来て転げまわる私を、妻は隙間から怪訝な表情で眺めていた。


 それから、どうなったのかが気になると?

 不思議な話になるのだが、実は何も変わらなかったのだ。


 相変わらず毎日出社して、気持ち悪いと指をさされ。普通に仕事をして、真っ直ぐ家に帰る。妻は胎動がある度に、触角をお腹にあてさせてくれる。なんだろう。私が感じていた孤独はどこにあったのだろう。


 もうすぐ出産予定日だ。

 「貴方、もうすぐパパなんだね」と優しく話しかけられた。

 しばらく考えた後「君は既にママなんだね」と返した。


 残念ながら病院には行けなかった。

 当然といえば当然だ。私はゴキブリなのだから。

 しかし妻がもうすぐ帰ってくる。

 私は胸を張って、娘に自分の姿を見せるつもりだ。

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