2.そりゃ、カモられてんよ

 見たことのない料理だが、その美味しそうな匂いに警戒心など吹き飛んだ。

 なにせ、五日間だ。五日間水以外摂っていないのだ。食べずに死ぬか、食べて死ぬかだ。それなら後者を選ぶ。

「外人さんならスプーンとフォークがいいかなと思ったけど、お箸も上手に使うのね」

「調薬の際に箸は使うので」

 一つ一つ名前を聞くが覚えきれない。見たことのない食材に見たことのない料理。そのどれもが美味しかった。

「あんまり慌てて食うと喉詰まらせんぞ」

 トシの言うとおり、危険な状態に何度かなる。が、止まらない。

「アリスちゃんは菜っ葉とおじゃこのおにぎりがいいみたいね」

「おにぎり……」

「オクラのおひたしもうめえぞ」

「オクラちゃんは、山ほどあるから、たくさん食べてくれると嬉しいわぁ」

「オクラチャン……」

 ぷちぷちネバネバする不思議な食感。

「こんなに食べてくれると、嬉しくなっちゃうわね。夏野菜は育ち方がびっくりするくらい急だから、二人で食べきれない量で困っちゃうことがあるのよね」

「敷地内で無人販売でもしてみたが、こんなとこ、通るのは顔見知りの自宅に畑のあるやつらばっかだしなぁ」

「かといって、道の駅に卸すほどできるわけじゃないしね。私たち趣味の範囲だから」

 二人のよくわからないやりとりを聞き流し、アリスは一心不乱にご飯をいただいている。

「若い子が遊びに来てくれるなら、肉類も用意しておけばよかったわよね。ごめんなさいね。野菜ばっかりで」

 ブンブンと首を振る。とんでもない。五日ぶりのご飯です。

「すごく美味しいです」

 やっとお腹が落ち着いた頃には、持ってきてくれた料理をあらかた食べ尽くしてしまった。

「……申し訳ございません」

「食べさせるために持ってきたんだから気にすることねえよ」

「そうそう。若い人の食べっぷりは見ていて気持ちがいいわ」

 食後のお茶をいただきながら、辺りを見渡す。この家の素材が本当に見たことのないものなのだ。ビニールハウスとトシが言っていた。風が当たるとぷるぷると震えている。こんなに柔らかいものを知らない。


「さて、引退して田舎に引っ込んだ年寄りの暇つぶしに付き合ってくれよ。アリスちゃんよ、お前さん、いったい何者なんだ?」

「いや、ええっと……」

「トシさん、その質問の仕方では何から答えたらいいか困ってしまいますよ。私に任せてちょうだいな。アリスちゃん、あなたの住んでいる場所はなんて言う名前なの? 街の名前とか、あるかしら?」

 スミレさんの質問はとても答えやすかった。

 アリスは、ミールスの街に住んでいて、薬師だ。冒険者や、街の人たちが必要とする、回復薬を売って生計を立てている。王都の近くの街の中ではかなり大きなところだ。

 店は祖父から継いだ物で、回復薬の評判は良く、街に寄った冒険者はアリスの回復薬を求めて店まで来てくれる者も多い。

 昔から住んでいるところなので、顔見知りも多かった。


「お仕事は順調なのね」

「はい」

「お仕事の腕も認められていて、お店も自分の物で家賃も必要ない。材料は買い付ける物もあるにはあるが、森で自分で採取することもできると」

「はい」

「じゃあなんでそんなにご飯に困っていたの?」

 トシさんとスミレさんは不思議そうにアリスを見る。

 それは……そうなのだ。


「五日前に、幼なじみのイザベラが、久しぶりに街に帰って来たと、お店に来て」

「おうおう、急に新しい登場人物が現れたな」

「トシさん! ちゃちゃを入れないの。さあ、続けて?」

 話している途中も何度かトシさんはスミレさんにこうやって怒られている。が、そのおかげでなんだか気が楽になって話しやすくなっているのも事実だ。

「迷宮の奥で見つかった壺を持ってきたんです」

「迷宮ですって!」

「壺ねえ」

 とても価値のあるもので、金運が上がる付与がされていると。おかげでこんなにもうけちゃった、と布袋の中の金貨を見せびらかしていた。

「それで、自分はもうここまで儲けたし、そろそろまた新しい迷宮にこもる予定だから、壺は邪魔になるから、格安で譲ってくれると」

「はぁ!?」

「あらまあ」

「まさかお前さん、買ったんじゃないだろうな」

「いえ、買ったんじゃなくて、格安で譲ってくれると……」

「アリス、おめえ正気か……」

「アリスちゃん、お人好しが過ぎるわね。そんなの今時じじばばでも引っかからないわよ。まあいいわ、続けてちょうだい」

「そのとき色々な支払いを終わらせたばっかりだったから、手持ちがあまりなくて。残ってた金貨三枚を――」

「渡したのかっ!?」

 かぁーっと額に手を当てながらトシが呻く。スミレさんも眉をひそめてあらあらまあまあとつぶやいていた。

「俺らの世界の理と、アリスの世界の理が同じだとは思わねえ。もしかしたら、金運アップの壺が本当にあるのかもしれねえ。だがよ、話しててもわかるよ。人間の悪いところはどこいったって変わらねえんだな」

「アリスちゃん……心配だわあ。お金の管理本当に大丈夫? 家の権利書とかはどうなってるの? 店の販売許可証とか、薬師の免許とかあるの? あるのなら、更新とかは? 大丈夫?」

「えっ、えっ?」

「アリス、お前さんな、そりゃ、カモられてんよ」


 スミレさんの推理で、私の倉庫の扉は異世界と繋がったそうだ。トシさんとスミレさんのおうちは、地球という惑星上の、日本という国にあり、お二人は公務員を長年勤めたが早期退職して、親の持ち物だった田舎の土地に移り住んだそうだ。そこで、長年やってみたかった自分たちの食べる分の野菜作りを始めたところ、周囲に住んでいたセミプロたちの指導がよかったのか、大豊作。日々楽しく田舎暮らしを満喫しているとか。

「最近はやりの異世界転移に巻き込まれちゃったわぁ~」

「俺は苦手だが、こいつは電子機器にめっぽう強くてな。さぶすくだのなんだのいって、寝る前に毎日あめぷらだ、なんたらふぃっくすだやってるんだよ」

 ふふふ、とスミレは笑う。

「袖すり合った縁だ。スミレさん、帰りに食べもんいっぱい持たせてやんな。次もここに来られるとは限らねえからな。作ってる間に俺がアリスの意識改革を頑張っとくぜ」

「はいはい。それじゃあたくさんお惣菜作っちゃいましょう。とはいえ、腐っちゃったらだめだからね。三日分くらいかしら……冷蔵庫ってあるの?」

「薬草保存している倉庫は、年中同じ気温に保つように陣が敷いてあります」

「冷暗所があるのね。了解しました。トシさんよろしくね」

「おうよ!」

 そこから二時間ほど。アリスはびっちりと、過去にあったイライザとのやりとりを聞き取りされ、叱られ、怒鳴られ、やってはいけないことを教え込まれた。

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